パフューム

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「お…おい、服部!…今日の遠山、めっちゃヤバない?」

 後ろの席の男子に小突かれて、平次は煩わしそうに振り返った。
「はぁ?ヤバいって何がや」
 また何かやってんか、アイツ…と窓際のセーラー服をチラリと見やる。
「さっき廊下で擦れ違たんやけど…何や、めっちゃエエ匂いすんで」
「アホなこと抜かすな」
 くだらないといった口調で吐き捨て、さっさと前へ向き直る。
 確かに、和葉からはフワフワした、いかにも女の子らしい香りがすることはする。しかしそれは普段からであって、それもヤバいとか妙にソワソワしたりとか(すでに慣れ切っているせいもあるが)するものではない。
 今日に限ってそれが強いとも感じない。今朝だって連れ立って登校してきたのだ。
 頬杖をつき、眉を顰めながら、再び和葉の席を横目で見た。
 女子の一団に囲まれ、暢気そうに笑っている。

 何が”ヤバい”ねん。アホらし…


 最初の内は軽く受け流していたが、そいつだけではなかったのだ。平次の周りにぞくぞくと『遠山のエエ匂い』にやられた奴らが出現しだした。
 平次に対して聞こえよがしに言う者もあれば、逆にこっちをチラチラ見ながら(なぜ当の彼女ではなく、自分を気にするのか理解に苦しむが)ヒソヒソ声を潜める者もいる。

 何やねん、ホンマこいつら。ほんで、何でオレに矛先向くねん!?

 休み時間の度に受ける居心地の悪い空気。それも、元凶である和葉は気付いてない様子なのが、余計にムカつく。
 3時限目の授業が終わって、そろそろ腹も空き始める頃。平次のイライラもピークに達して、ガタン、と勢いよく立ち上がるとツカツカと和葉の席に近づき、そのまま後ろを通り過ぎて窓から外を眺めた。
「…平次、どないしてん」
「べぇっつにィ〜ちょこぉっと外見たい気分なってなぁ…」
「そ、そやの?ほんならええけど…」
 丸くした目をパチパチさせてキョトンとしている和葉に背を向け。

 …匂いなんかせぇへんやん!どないなっとんねん、オレが分からへんだけなんか!?

 謎が解けないのは納得がいかない。性格的に。
 やおら方向を変え、笑い声に合わせて揺れ動く尻尾をむんずと掴んだ。
「ったたッ!何するんよ、平次ッ」
「シャンプー変えた、とかか?」
「え?今まで通りやよ。…っていうか、気色悪ぅこと訊かんでや!」
「お前、飴とか舐めとるんちゃうやろな?」
「だから、何の話なんよ?舐めてへんて」
「…ちゃうんか」
 小さくぼそっと呟いて、平次は自分の机に戻っていった。
「ホンマに、今日はどうしたんやろ…」
 この二人のやりとりを見ていた友人の一人がクスクスと笑い出す。
「何や、中学の時みたいやねぇ」
「へ?」
「中学ン時…服部のやつ、やたらと和葉にちょっかい出しとったやないの」
「そやの?」
 と口々に訊くのは、高校からの友人達。
「高校入って大人になったかと思っとったのに、変わってへんね」
 しみじみと言うのに、和葉は複雑そうな顔で、下を向いてぽつりと言った。
「…いや、今日の平次はおかしいわ」



 昼休み。
 弁当を食べ終わり、和葉は平次の元へ寄ってみた。特に用事があるわけではないが、何となく先程のことが気になって。熱でもあるのじゃないか、とからかってやろうとしたのだ。
 談笑していた男子らが、和葉を見るなりサササッと平次の前を開けたのには、少し困惑したが。
「なァ」
「何や」
「平次だけやのォて、他の男子も変やん。アタシ、何かした?」
 それはこっちが訊きたいわ、と頭を上げた瞬間。
 フワリ。
 花のような果物のような、甘いようですっきりとした香りが鼻を掠めた。
 それは身を屈めた和葉の胸元の辺りからほんわり漂っている。

 コレやったんか!

 黙ったまま自分を凝視している彼を不審に思い、和葉は顔を顰めた。
「平次?」
 途端、ガシッと腕を掴まれて席を立つ動作に気圧され、後じさる。
「ちょおツラ貸せ」
「は?」
「話あんねん」
 そのまま、平次は和葉を教室の外へ引っ張って。

「他の奴らのいないトコでな」



 屋上へと続く階段を昇り切った、踊り場。外へは施錠されていて出られないが、その扉の前のスペースに腰を降ろす。(すでにそこを陣取っていた生徒達がいたが、平次が眼力だけで追い払ってしまった)隣で和葉は、少し仏頂面で膝を抱えた。
 これまでの経験からと今の流れで、これが告白とかそういった類のものではないことは確信している。わざわざ二人きりで、何を話すことがあるのだろうか。
「平次、早よ言うてや。休み時間終わってまうやん」
 それぞれが前を向いていて、お互いの顔を合わせない。
 平次が怒ったように口を開いた。
「…お前、ここ学校やねんぞ。何考えてんねや、変なもんつけてきて」
「はぁ?変なもんて何よ?」
「香水や香水!朝からオレのツレどもが騒いでんねん!けったいな匂いさせとるってなッ!なに色気づいとんのか知らんけど、ええ加減にせぇよ!」
「…ああ、何やそれか」
「それか、てお前なァ…」
「コレや」
 ケロリと言って、和葉は首にかけてたお守りを取り出してみせた。いつものお守りではなく、巾着のような小袋が紐で括られている。
「…お前ソレ…」
「こないだ東京に遊びに行ったやんか。そんでな、蘭ちゃんと買い物しとった時、たまたま見つけたオー・ド・トワレの瓶に一目惚れしてしもたんよ。試しに嗅いでみたらめっちゃええ香りやし、蘭ちゃんも勧めてくれたからお揃いで買うたんや」
 たまにしか会えない親友との再会。
 積もりに積もったお互いの想い人への愚痴、恋バナ、最近の流行やオシャレに、学校での話題などなど。ガールズトークに花が咲き、楽しいウィンドーショッピングは時間を忘れさせるほど。付き合わされて疲労している平次とコナンが男同士(?)の会話で盛り上がりながら先に行ってしまった時、ふとウィンドー越しに目にした可愛らしい小瓶。
 よくよく見るとそれは大人の女性の身だしなみに欠かせない物。高校生の自分にはまだ早いかな?と思いつつ、自分より大人びた親友に意見を伺うと。
 そんなことない、いいと思うよ。これで服部君もイチコロだね♪なんて、とびっきりの笑顔。
 直接肌につけるのは、やはり抵抗があって。すると彼女は、こういう方法もあるよ、と教えてくれた。
『和紙に一滴垂らして、身につけておく』
 これなら自然にやさしく香って、キツすぎないから大丈夫、だと。
 わたしも一緒に買おうかな、と言われて。それなら、と思い切って買ったもの。
 それを和葉は実践して、お守りと同じように吊るしていた。言うなれば匂い袋といったところだろうか。
「あ、あの大事なお守りとは別やよ」と、もうひとつ首から出して掲げた。
「せっかくやし、使わへんの勿体ないやろ」
「あ、…お、おお…」
 ”匂い袋”とすれば、やけに古風…というか、まるでばぁちゃんやな、とツッこむにツッこめず、平次は歯切れの悪い声を出した。
「せやけど、周りの男どもがカブト虫みたいにフワッフワなっとんの、分かっとんのか?アホな奴らに色気振り撒きおって…おかしな気ィ起こす奴がおったらどないすんねんッ」
「…平次、アタシのこと心配してくれてるん?」
 不思議そうな、どこか期待を含んだ瞳で見上げられ、平次の口は勝手に言い訳を探した。
「ちゃ、ちゃうわッ!オレが迷惑すんねや!何でか知らんけど、みんなオレに何とかせぇ、言うてくるんやッ!!」
「あっ、そう。そら悪かったな」
 みるみる内に不機嫌になり、和葉はすっくと立ち上がった。
「まだ話は終わってへん…」
「そんなん平次に関係あらへんやん!放っといてッ」
「ちょ、まっ、待たんかいッ!」
 放っておけへんから言うてんねん、と慌てて引き止める。
 とにかく、このままではいさせたくない。
 その匂いをどうにかしようと、身を起こして和葉の肩に手をかけ、こちらに引き寄せた瞬間。
 鼻をくすぐる柔らかな毛先と、少し遅れて。服の上に出されたままの袋が跳ね上がって、モロにその匂いを吸い込んでしまった。

 …アカン、これ、ホンマに、ヤバい…

 そう本能的に思うが先か、持ち前の反射神経の鋭さが打ち勝って、気が付いたら。



 ガシャンと音がしたのも、どこか遠くで聞いていた。

 手の平に冷たい金属の温度が凍みてきて、それなのに腕の内側は妙に温かくて。
 柔らかく、強張った、小さくて、慣れ親しんだ存在の、滅多にない感触。
 まだ先に嗅いだ香料の匂いが残った鼻腔を、また別の香りが占領し始める。
 ほのかなシャンプーの香り。いつもと同じはずの…それなのに。

 …めっちゃエエ匂いやんけ。オレ、アカンわ。おかしなってしもたんか…?

 自分でも自分が思ったことを認識するのに時間がかかって。無意識に閉じていた瞼を開けると。飛び込んできたのはヒラヒラのリボン。
 あぁ、今日はオレンジ色やったな、と見当違いの思考を巡らせ、すぐさまツッコミを入れる。


 …って、何やっとんじゃオレはァァ!?


 和葉の華奢な体が、扉と自身との間に挟まれて縮こまったまま、平次の腕にしがみついていた。
「へ、へぇ…じ…っ」
 狼狽し、もぞもぞとしながらも逃げ出そうとはしない。驚きと戸惑いが先に立って、気が動転している様子。それは平次も同様で、しばらく固まったまま機能停止。
「・・・・・」
「…あ、えと」
 徐々に平静を取り戻していく二人。
 和葉が真っ赤な顔で平次を見上げた途端、ハッと我に返って、ガバッと弾かれたように、その体を引き剥がした。

「…っちゅーことや!」
「・・・・・へ?」
「せやからッ!そんな匂いさせとったら、どっかの変な男にこないされても文句言えへんねんぞ、っちゅーことや言うてんねんッ!!」
「はぁあ!?」
 言い回しも奇妙で、照れ隠しの感が消えてはいないが、得意のポーカーフェイスというか、怒気をはらんだ顔つきで言われて。何やまた踊らされたんか…という気持ちが和葉の胸に湧き上がる。
「平次は変な男ちゃうよ」
「オレやのォて…他の男に、や」
「平次やったらよくて、他の男やったらアカンの?」
「そら…!」
 誘導されそうになって、平次は口を噤んだ。
「とにかく、アカンもんはアカン。それ外しとき」
「…あぁ、もう!分かった分かった、ホンマうるさい男やなぁ…」
 しぶしぶ頷いて、紐を首から外す。フワリと広がった髪がすとんと肩に流れ落ちて。
 平次は不意に心臓がビクリと震えた気がして、学ランを押さえた。
 せっかく作ったのに…などとぶつぶつ言って唇を尖らせる和葉から、それを奪い取ってポケットに突っ込む。
「…あ!」
「後で返したるわ」
 追い縋る彼女を振り切って、足早に階段を降りながら。
 まだ頭のそこかしこにこびりついた『エエ匂い』までもを振り払うように、こめかみを拳で軽くこつこつ叩いた。



 教室に戻ると、事の成り行きが気になって仕方がないといった級友たちに取り囲まれた。
「うわっ!今度は服部がめっちゃエエ匂いや!」
「げぇっ、気色悪ぅ!何なん服部この匂い!!」
「お前、遠山に何してん!?一体何があったんや!!」
「アホか、そんなんするか!!」
 自分の制服に移った残り香と、ポケットに入れた全ての原因となったものが。
 今、和葉と自分とを同じ匂いにさせていると自覚して、平次は、まずった…と頭を抱えた。

「もうオレのことは放っとけぇえぇぇ!!!」
 教室中に響き渡る平次の心からの叫びに耳を塞いで(それでも聞こえてしまうものはどうしようもない)、和葉は顔を真っ赤に染めた。


 イチコロどころやないわ、蘭ちゃん…




 END



 そんな蘭ちゃんの方はどうなんでしょ?な東側の話→


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あとがき。

ええっと、『おまけの小林クン』ネタです(おい)平和は学園ラブコメが好きみたいです(^_^;)

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