微かなカオリ

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 ほんのり、フワフワ、オトナの香り。

 光に透けて反射する琥珀色に満たされた小さな瓶を指先で弄びながら、机に肘を突いて頭を傾け、斜めにぼんやりと見つめていた。
 和葉が東京に遊びに来た際に彼女が見つけ、「めっちゃ可愛ええなァ…蘭ちゃん、どう思う?」と、とても気に入った様子だったので、「いいんじゃない?それつけてたら服部君もイチコロかもよ」と言ってあげたのだけど。
 それでも迷っていたから背中を押してあげるつもりで。
「わたしも一緒に買っちゃおうかな」なんて成り行きで。

 和葉ちゃんには服部君とうまくいって欲しいし、二人で頑張ろうね、っていつも励まし合っているもんだから、わたしも…って思っちゃったのよね…

 買ってきてみてから、ハッとした。
 和葉と違って自分は、いつでも想い人が傍にいるわけではないのだ、と。
 会えることすら、ほとんどない。次はいつ会える?なんて約束もない。会えたときはいつも突然で。とびっきりおしゃれな恰好で、とか心の準備なんてできるはずもなくて。
 だからコレも、いつつけてよいのやら見当がつかない。
 今どき高校生だろうとメイクや香水なんて珍しくもないだろうが、オシャレの一部とはいっても、それはやはり違う気がする。
 もっと特別な、とっておきの、大切なときにこそ、必要なものだと思うのだ。
 和葉も同様に難色を示していたので、ふと思い出したことを教えてあげた。
 前にどこかで―映画か何かだろう―聞いたのだ。
『和紙にオー・ド・トワレを一滴垂らし、身につけておく』
 試してみようかな、と思った。何気なく蓋を取って、そっと開けてみる。
 フワン。
 甘く爽やかな、それでいてトロリと濃密な、艶めいた芳香が広がって、なぜだか胸がキュッとなった。

 恋、の香り…みたい、だ。

 もしこのきらめく香りで、彼を惹き寄せられたら―――


 …なんて。
 フフッと寂しげに微笑み、声に出さずに呟く。

 新一の本当の気持ち。
『聞きたいけど聞きたくないような…』
 そんな園子のセリフに否定はしたけれど。もしかしたら当たっているかもしれない。
 曖昧で微妙な関係。息苦しいのに心地好い距離感。離れていると、若干、前より切なさは募って…
 彼からの言葉を待っているのも辛くて、でも自分から踏み出す勇気もまだなくて。
 彼の心の一番近くにいるのは自分なんじゃないかと自惚れてしまうこともあって、それでも不安は尽きなくて。もっと一緒にいれたら…顔を見て話ができたら、色々考えすぎてごちゃごちゃした頭も少しは楽になるかもしれないのに。

 どーにかしてよ、新一。くだらない、って笑い飛ばして。いつもみたいに、ズバッと解決しちゃってよ。
 …なんて、無理か。恋のミステリーなんて、この世で一番厄介な難問、あの大バカ推理之介には解けないわよね…

 瓶の口の縁を指でなぞる。ヒンヤリとした硬い感触が、次第に体温と混じり合って、溶け込んでいくような感覚。
 部屋中に甘酸っぱさが充満したような気がして、蘭は静かに蓋を閉めた。

 今は、まだ。これは大事にしまっておこう。
 いつどこで会えるか分からない誰かさんのために。
 いつかきっと…また並んで歩けるようになる、その日のために。



 リビングに入っていくと、コナンが一人でテレビを観ていた。
 普通の小学一年生の子供なら敬遠してあまり観ないようなニュースや報道番組ばかりを好んで観るので(他に観るとしてもサスペンスなどの推理ものかスポーツ番組で)蘭は少し行く末を案じてしまうときがある。
 この子も将来、新一のように推理バカになっちゃうんじゃないかしら…
 そんなことになれば、彼の未来の恋人やお嫁さんは苦労するだろう、自分のように。
 …いや、まだコイビトと言える立場ではないけれど。
 そもそもテレビより推理小説や新聞を読んでいることの方が多い。前に「早く寝なさいよ」と忠告しに行ったとき、大人が読んでもうんざりするような分厚い本を慌てて仕舞っていたこともあって。それでいて自分たちに対しては子供らしい振舞いをするので、もしかしたらこの子は新一で、何かの理由で小さくなっているだけなのでは…?と何度疑ったか知れない。
 今の所それは勘違いという結論に行き着くのだが。

 物音に気付いたコナンが振り返って、急に怪訝そうな顔をした。何かを探るような目つきで、鼻をヒクヒクさせている。細かい所によく気が付く鋭い勘の持ち主は、鼻もよく利くのだろうか。その発生源を突き止めるのに3秒とかからず、
「あれ、蘭姉ちゃん…どうしたの?甘い匂いがするから、お菓子かなぁって思ったけど違うよね。これって香水でしょ」と言い放った。
「あ、ち、違うのよ!そんなんじゃなくってねッ」
 って、子供にまで言い訳する必要もないのに、蘭は少し焦ってしまった。
 何でもないのよ、とだけ言うと「ふぅん」と素っ気なく視線を戻した後ろ姿が、妙に面白くなさそうなのは気のせいだろうか。
 うーん、と、ああ…そっか。
 蘭は急に思い立ってキッチンに行き、すぐに戻ってきてコナンの目の前にバラバラと何かを落とした。セロファンに包まれた飴玉と、小包装されたクッキーとチョコレート。
「え?」
「お菓子じゃなくてがっかりさせちゃったでしょ?ごめんね、コレあげるから」
「…あ、ありがと…」
 喜んでいるというより、戸惑っている感じ。
 この子、そんなにお菓子好きじゃなかったっけ…?
 それとも自分が纏ってきた匂いがまだ気になるのだろうか。新一と同じ、探偵気質の彼は、不可解なことを放ってはおけない性格だから。
「あ、あのね、コナン君」
「何?」
 近づいて顔を寄せると(小さな彼に対する普段のそれなのだが)なぜか少しだけオドオドしたりする。
「実はね…この間、和葉ちゃんたちと出掛けたでしょう?」
「うん」
「その時に、和葉ちゃんと同じ香水買っちゃったんだ。ただ瓶のね、形が可愛かったってだけで…使うことまで考えてなかったの。それで、どんな匂いかなって開けてみたら、ちょっと手に付いちゃって。それだけなのよ」
「へぇー、そうなんだ」
 どうやら納得してくれたらしい。
 ようやく少年らしい表情に戻って、包みを開け始める姿に「新一には内緒ね」と念押しすると「分かった」と頷く。そして「平次兄ちゃんには?」などと茶目っ気たっぷりに訊いてくるので、「うーん、そうね。内緒にしといて」と蘭も笑顔で返した。


 蘭が出て行くのを横目で見送って、コナン…もとい、小さな体の新一は、誰もいないのにコホンと咳払いをした。
 突然あんな魅惑的な匂いをさせて近付いてこられたら、落ち着かなくてしょうがない。
 それに一体何のために―?と深読みしてしまいそうになる。
 事情が分かってホッとしたものの、もしあの状態で外出するとか他の人間(男)に会うとか、そんなことがあったら。
 その時は、どうやって引き止めようか?と真剣に考えてしまった。
「新一には内緒ね」などと言うから。「今度会ったときにびっくりさせるの?」と無邪気なフリして思わず訊こうとして、言い出せなかった。
 今度会ったとき…って、いつなんだよ。そんな残酷な問いかけを、他でもない自分が浴びせられる訳がない。自己嫌悪。

 いつか彼女がそれを使う日が来て。その隣を歩くのは自分でありたい。
 コナンではなく、工藤新一として―――


 なァ、蘭。頼むから…



 オレ以外のヤローの前でそんな匂いさせるのだけは、やめてくれよな…?




 END



 一方の和葉ちゃんは…?な西側の話→


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あとがき。

これは世間的にはコ蘭というやつなのだろうか…?うーん、コ蘭の定義が分からんよ。コナン=新一だしなぁ…
ロンドン前ってことで。この前後で内容変わりますよね。
タイトル、西側の「パフューム」とともにPerfumeの曲から。(「パフューム」は表記が違いますが)個人的に好きなのと、改めて聴いてみたら、けっこう新蘭イメージな感じが…「シークレット・シークレット」とか「I still love U」とか「ナチュラルに恋して」とか「スパイス」とか。余談ですが、「専業主婦探偵 私はシャドウ」で陣内(探偵)役の俳優さん、平次っぽいって思ったのは私だけですか…?実写、あの人でもいいな。高校生ってのは無理ありそうだけど(汗)

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