大好きだよ。

----------------------------------

 西に向かってると気付いたときから、嫌な予感がしててん。

 脇道に逸れてどんどん中に入っていくにつれて、それまで気持ち良う風切っとったバイクの元気がなくなって止まってしまうと、平次は苛立たしげにメットを外して地図を広げ、アタシの方を振り返った。
「なァ…ここ、どこや?」
 正直、焦ってしもた。やってアタシ。

 鳥取県の地理なんて、ホンマは全く知らへんねんもん。



 アタシが平次の家を訪ねたとき、平次はちょうどバイクを門の前まで出してきたトコやった。
「平次どこ行くん?」って訊いたら。「鳥取や」って事も無げに言うから。
 あぁ、あの鳥取やね、阪南の…って勘違いしてしもてん。
 これはチャンスや…って。
 事件絡みとはいえ、平次とバイクでドライブできるなんて夢みたいやし、予備のメットかて一応もっとるし。
 道に詳しいフリしとったら、一緒に連れてってくれるかもしれへんvv…なんて、軽い気持ちで。府内やったら何とかなる思っててんもん。
 あーあ…今更知らん、なんて言えへんやん!?

 眺めのいい大通りをひた走っているときは、ホンマにデートみたいやなァ…って浮かれとった。それがだんだんと建物も人もおらんような閑散とした山道に入っていって。
 それでも平次は迷わず突き進んどるみたいやったし、そもそも最初は平次一人で行こうとしてたんやから大丈夫やろ、って思っとったんやけど…

「はァ!?分からんってどういうこっちゃ!」
「せやかて!平次、勝手にどんどん走りよるクセに、今になってここがどこかなんて、アタシに分かる訳ないやんッ!」
「アホ!絶対役に立つ言うたん誰や!?それやったら連れてこぉへんかったら良かったわ、こんなお荷物!!」
 な、何やてーッ!
 ひっどぉー…そこまで言わんかってもええやん…
 残り少ないガソリンを気にして、むやみに動き回るんは控えたんやけど、時すでに遅し。
 ちゅーかガソリンスタンドも見当たらんし。それどころか、右も左も森やし…
 夕日が遠く沈んでいくんは綺麗やったけど、お日さんが落ちるんはアッちゅう間やね。薄暗くなってきて、平次に「野宿」って言われたときは…平次と二人やったらええかも、って少しは思ったんやけどな…ハハ。ちょっぴり残念?いやいや、それはそれで勇気要るわ。
 偶然、蘭ちゃんと小五郎さんたちが通りかかってくれて幸いやったかもしれへん。


 * * * * *


 結局、蜘蛛屋敷での事件でも役に立たれへんかった。そればかりか、うっかりして危険な目に遭うて、平次にも蘭ちゃんにもいっぱい心配させて、迷惑かけてもうた。
 平次の足引っ張るんだけはしたない思てたんに…アタシが守ったらなアカンかったんに…
 言葉通り『お荷物』になってしもた。それやからかもしれん。平次が、帰りは蘭ちゃんたちとタクシーで帰れ、言うたんは。嫌やて突っ撥ねて、強引に平次のバイクの後ろに乗り込んだんやけど…あれから平次、ずっと口きいてくれへん。
 怒っとるん?それとも呆れとるんやろか…?


「なァ、平次!」
 ただでさえメットに篭って届きづらい声は、エンジン音と風に邪魔されて掻き消されていく。
「平次!…ごめんな!?それから、おおきに!助けてくれて…ッ」
 できるだけ耳元に顔を近付けて声を張り上げる。メットがぶつかって、ごつんっと頭に響いた。
 それでも聞こえてないんか、無視しとるんか、平次の反応はない。…と。
 平次の腰に回しとったアタシの手を、平次が二回だけポンポンッと叩いた。
「寄り道すんで!」
 多分、そんなようなことを言ったんやと思う。うまく聞き取られへんかったけど。
 そっから平次は、しばらく走ったあとハンドルを切った。この辺りやと、まだ兵庫県のはずや。南京町の中華街にでも連れてってくれるんやろか。

 バイクは住宅地を抜けて開けた場所に出た。潮の香りが風に乗ってふんわり漂ってくる。
 もしかして…海?ちゅーことは須磨?
「いいもん見せたるわ」
 バイクを停めて、砂浜に下りていく平次のあとを早足で追いかける。その背中越しに、眩しい朝日を反射させるコバルト・ブルー。
「…うわぁ…っ」
 立ち止まった平次の隣に並んで、アタシは思わず歓声を上げた。
 波は意外と穏やかで、光の粒で白く輝く水面はまるで真珠を散りばめたよう。
「キラッキラや!めっちゃ綺麗やなァ…」
「朝の海もエエもんやろ?和葉」
 何故か自慢げな平次にも、このときばかりはツッコミを入れるん忘れて、見入ってしもた。
 まだ海水浴には早い時期なんと、午前中ってこともあってか他に人の姿はない。アタシと平次だけのプライベート・ビーチみたいやね。
 平次は砂浜に座って水平線を眺めとる。その横顔に何だかドキドキして、アタシも海を見るフリして横に腰を降ろした。
「こういうでっかいもん拝んどるとな、自分の存在が何や…ちっぽけに思えへんか?」
「な、何なん?平次、急に…らしないで?」
 けど、そう言ったっきり平次は黙って前を見とるから。アタシも何も言えんと、横目で盗み見ながら砂浜に指で「平次のアホ」って書いては消してを繰り返しとった。
「…海はエエ。何もかんも洗い流してくれるようや」
 軽くポエム?やっぱ変やわ平次。
 もしかして…元気出せ、言うてくれとるん?めちゃ遠回しな方法やけど。

 今回の事件、解決はしたけど…あんまり気持ちのええ結末やなかった。
 ほんのちょっとのすれ違いが…それも相手を想う気持ちが逆に傷つけてもうて、その末にこないな悲劇を生み出したんや。
 人の心って簡単やないから、仕方ないことかもしれへん。そのせいで、この世から犯罪っちゅーもんが無くならへんねん。
 さすがの平次も…表には出さへんけど胸の内ではきっと、重苦しさを感じとる。せっかく謎解いたんに、どっか浮かない顔しとった。
 …ホンマは、一人になりたかったんかもしれへん。せやからアタシを蘭ちゃんたちと帰そうとしたんちゃう?…こんなときまで、アタシは『お荷物』、なんやね…
 蘭ちゃんやったら…工藤君が落ち込んどるとき、どないすんねやろ。
 あの明るい笑顔と優しい声で、すぐにでも立ち直らせてあげられそうやわ。…ウン、きっと。
 その10分の1の力でも、アタシが持ち合わせてたら良かったんに…

 アタシは邪魔ならんように距離を置こうと、静かに立ち上がった。正確には、立ち上がろうと砂に手をついた。
 そしたら、アタシの腰が地面から離れるか離れないかの内に、左手首を熱くて強い感触でグッと掴まれとった。驚いて、声も出されへん。
「お前、どこ行くねん」
「ど、どこって…別に、どっこも行かへんよ?」
 またや。こない予想もしてないコトされたら、ドキドキして顔が熱ぅ火照ってきてまうわ。
 体温低いクセに手の平は熱いんやね、とか、それでもこっちは見てくれへんのやね、とか。
 気を逸らすのに必死で、手を振り払うこともできへん。
 何やの?どういうつもりやの、平次。
 しばらくそのままでおったら、平次の手の力が緩んでアタシの左手は自由になった。
 それを見計らって、今度は素早く立ち上がると、平次の背中にうしろから抱きついたった。
「おっ、わッ!?何すんねん、やめぇや!!」
 今度は平次が慌てる番。
 アタシかてあんたにビックリドキドキさせたるわ!やられっぱなしなんて、悔しいやん?
 広い肩を両腕で包み込んで、平次の後頭部におでこをこっつん。
 何にも出来ひんけど…あんたの気持ち、よぉ分かるで。
 言葉にはせぇへんけど、心の中で呟く。
 ぶつかったとこから、テレパシーみたいに伝わったらいいのに。平次の苦しみが、少しでも楽なるように。
 人の心は難しいから。こんなことで、救える訳はないやろうけど。
 平次は最初ちょっと抵抗するみたいやったけど、じきにアタシのしたいようにさせて、肩に回したアタシの腕に自分の手を重ねてきた。
 どれくらいそうしてたか―――長いような短いような、永遠の一瞬のあと。
 目を閉じてたらしい平次が、そっと口を開いた。



「帰ろか、和葉」


 今までに聞いたこともないようなごっつぅ優しい声やったから、アタシも妙に素直に「ウン…」って頷くことしかできひんかった。





 もうさっきまでの居た堪れへん感じはどっかいってもうて、平次の背中にすんなりと寄り添えるようになってた。それでも心臓のバクバクは止まってくれへんくて、平次にバレへんかとヒヤヒヤするくらいやった。(そんな心配いらんって分かっとったけど)

 平次のバイクの後ろ。アタシが二番目に安心できる場所。一番は平次の腕の中。
 いつかその『一番』が、当たり前になる日がくるとエエな…
 なぁんて夢見がちやね、アタシ。
 平次が悪いんよ?こんな気にさしてもうて。
 相変わらず会話はないけど、あまりの居心地のよさにアタシは平次の体にもっとギュッと抱きついて、メットごと顔を背中に押し付けて埋めた。
 ククッとお腹らへんが震えた気がする。平次、笑てるのん?
「何や、眠ぅなったんか!?」
 別に、ちゃうよ。勘違いもいいとこや。けど、口を開くんが億劫で、アタシは黙っといた。
「寝るんはかまへんけど、ちゃんとしがみついとれよ!?途中で落っこってっても知らんど!!」
 無茶苦茶やん。ちゅーか、絶対、放したらへん。死んでも放さへんで。
 アタシはますます腕に力を込めた。
 平次は安心したように、バイクのスピードを少し上げた。



 ―――帰ろか。
 ・・・・・・・ウン。

 アタシの帰るトコは、平次しかないんやよ。
 そんで、平次の帰るトコも、アタシであって欲しいって。
 そう願ってしまうんは、我が儘なんかなァ…
 いつも放ったらかしで、待ちぼうけでも。アタシはずっと、平次のこと待っといたる。
 どんなに疲れてても、辛く哀しい夜が明けても。
 アタシだけは笑顔で迎えたるねん。
 せやから、どんなに遅ぅなってもええから。必ずアタシのトコに帰って来てな?

 平次のバイクの後ろが、アタシの特等席。アタシの専用シート。
 いつかそう、なれるように。
 ずっとずっとずっとずっと、祈ってるんよ…



「なァ平次…また、乗せてな?」

 聞こえへんように小さな声で、そっと平次の背中に囁いたった。




 END…ですが、平次Sideの話あります。こちらから→



--------------------

あとがき。

本当は夜の星空&海ってシチュエーションがいいと思ってたんですが(歌詞に沿えるから)あの事件が解決したとき夜が明けてしまってました…まさか大阪帰る途中で夜になるのは遅すぎるし(でも平次の年齢では二人乗りで高速には乗れない…らしいので時間かかるかな?)あのあと観光なんて呑気なことしないだろう…と思って。
まぁ、平次と二人でラブラブタンデム(笑)が書きたかっただけなので満足です。
神戸といえば須磨、南京町っていう短絡回路ですいません。行った事ないのです、兵庫。一度中華街に行ってみたい♪
あと鳥取に行くにはどういうルート使うか調べてたら、大阪に鳥取って地名があるって分かって話に入れてみました。和葉ちゃんが「鳥取県の地理に詳しい」なんて絶対嘘じゃん!とか思ったり。無理あるかなぁ…?
BACK▼