僕らの時間は相変わらずゆっくりと流れ続けている

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 中学に入った頃から、自分達を見る目が変わったように思う。
 同じ小学校にいた者に加えて、別の小学校からの外部入学で初めて顔を合わせる者や先輩など、それまで知らなかった生徒と共に過ごすようになると。ちょっとしたことで大袈裟に騒がれたりするようになった。
 例えば、登下校。
 朝、教室に入ってくるときも、帰りも。二人で仲良く歩く姿を見られただけで、カップルだの女たらしだの色男だの、散々な言われ様。
 男子と女子が会話をすることすら、奇異に思われる嫌いがある。異性というものを意識し始める年頃だからだろうか。
 冷やかされるのもあまりいい気分ではないが、新一にとって蘭は気を許せる数少ない人間の内の一人であって、幼馴染という気安さもあり、一緒にいることがごく自然で普通のことだし、それほど深く考えたことはなかった。

 二学期も半ば。10月だというのに残暑が厳しいが、すでに水泳の授業は終了してしまっていて、次の体育も男子は外でトラック競技、女子は体育館でバスケである。
 こうして場所と内容が別々になるのも、男女の違いを際立たせる要因かもしれない。
(水泳の頃など、グラウンドを走る角度によって視界に入る、女子が授業を受けているプールサイドをチラチラ眺めては盛り上がっている連中に対して、「蘭の水着姿なんて見飽きていて、今更覗こうとも思わない」と口走ってしまった新一が集中砲火を浴びせかけられる…という出来事も巻き起こっている)
 更衣室で体操着に着替えていると、背後から「毛利ってレベル高ぇよな」という声が聞こえてきて、新一は思わず振り返ってその言葉の主を探してしまった。
「うちのクラスじゃ断トツじゃねぇ?」
「いや、他のクラスと比べても上位だよ。けっこう先輩方にも人気あんだって」
「マジで?」
「何か裏表なさそうじゃん?俺らにも優しいし」
「あー、分かる。女子ってキツい奴らばっかだろ?その点、毛利はさぁ…」
「いっつも笑顔だし、可愛いし」
「そうそう!」
「ちょっ、オイ!工藤のやつ、こっち睨んでるぜ!」
「あ!?」
 話をしていた三人が全員、自分の方を向いたので、新一は裏返った声を上げ、そこで自分がじっと聞き入っていたことに気付いた。上着の右腕だけを通した、中途半端な姿勢で止まっていた動作を再開する。
「睨んでねぇよッ」
「嘘つけ!やっぱ気になんだろー!?」
「…別に」
「お前こそどうなんだよ、毛利とは」
「だから、ただの幼馴染だっつってんだろ」
 もはや言い慣れた常套句を口にする。
「いいよなー、あんな可愛い幼馴染と…風呂も一緒に入ったこととかあるんだろ?」
「覚えてねぇよッ!あったとしても小せぇ時だしな!」
 実を言うと記憶にはあるのだが、そんなことを正直に白状すればバカな男達はエスカレートするに違いない。
「おいおい、その程度かよ!?」
「なぁ、知ってる?こいつの母親、あの超有名な女優なんだって。どうせ美人なんか見飽きてるんだろ」
「あーあー、嫌なやつ!」
「お前らなァ…」
 可愛いとか美人とか。それよりも重要な関心事がある自分にとっては興味が薄いだけで。
 そりゃ、蘭は可愛いとは思うけど。好みとか恋愛とか、そういった要素は除いた一般論として、客観的な意見を言えば、の話。
 人当たりがよくて思いやり深い性格も、内面の芯の強さも、長年そばで見てきて知っている。そんな彼女だからこそ、ここまで幼馴染という近しい関係を続けてこれたのではないか。
 だから、そんなに大して知りもしないくせに(ああ見えて、かなり頑固で気が強い一面だってあるし)外見だけでランク付けをしたり、レベルが高いだの上位だの、勝手なものさしで値踏みをするような会話は、とてもじゃないが不快に感じて仕方がない。
 蘭が周りの男子生徒たちから、テレビやグラビアのアイドルなどと同じように低俗な話題の対象とされていることに、無性に腹が立つ。
 お前らに彼女の何が分かる!?そう口に出すのは留めておいたが。

 いつか彼女にスキなヒトなどというものができて、それがこいつらみたいな下品で頭の足りないようなヤローだったとしたら。
 その時には全力で阻止してやろう、と新一は心に決めた。



 体育が終わり、教室に戻ってしばらくした頃。
 新一には体育館から帰ってこない蘭のことが気にかかっていた。
 もうすぐ次の授業も始まるというのに。そういえば園子の姿までもが見えない。
 何かあったんだろう。そう感じて腰を浮かしかけた時、ガラガラッと慌ただしく戸が開いて、園子が飛び込んできた。まだ体操着のままで、表情も硬い。
「新一君!」と呼びかけられて目が合ったときには、新一はすでに戸口まで駆け寄っていた。
「蘭は?」
「それが…授業中に足ひねっちゃって、捻挫したみたい。今、保健室で応急処置してもらったんだけど…一応、病院に連れてくって、先生が…」
「分かった」
 事情を聞いて、そう短く答えると、新一の行動は素早かった。
 蘭の机の中にある教科書を片付けて荷物をまとめ、それと自分のバッグを両脇に抱え、迷うことなくこう告げた。
「じゃあオレが付き添うから。蘭のおっちゃんには学校から連絡してもらっといてくれ」
「う、うん…」
 園子から蘭の着替えを受け取り、さも当然のような態度で教室を出て行った新一を、級友たちはぽかーんと見送って。

「…やっぱあいつ、すげぇな…」
「あぁ…何か分かんねぇけど、怖ろしいよな…」
と、意味不明な感想を漏らすのを、園子がしっかりと聞きつけてきた。
「あらァ、そっか中学からの人は知らないんだ?あの二人、小学校の時から名物だったんだから♪もはや夫婦よ、夫婦!」
 新一に任せたことで安心したのか、先程までの心配はどこへやら。園子は面白くてたまらない、といった顔で、彼らの『愛の軌跡』と称した、これまでのエピソードの数々を雄弁に語り出し、それは休み時間の度に繰り広げられることとなった。


 翌日。
 足以外は何ともないのだから絶対に休まない、と強情に言い張る蘭に押し切られ、両親に言い包められたのもあって、新一は彼女に腕を貸す形で支えながら登校して来た(言い出したら聞かないのが、困る所ではある)。
 園子の主観による、大分に誇張の入り混じった二人の過去話を、これでもか!というほど聞かされたクラスメイトたちは、腕を絡めてきた(ように見える)彼らの姿に沸き立ち、「女房と亭主」という呼び名が定着するのにも、そう時間はかからなかった。




 END



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あとがき。

中1新一&蘭(というかむしろ新一)の話でした。またもタイトル長ぇ…
新一と蘭と園子が同じクラス…だったらいいな、ってことで。蘭の出番がなかったですね(汗)
つうか、帝丹小・中学校がエスカレーター式だとか、品のいい生徒が主に通う(?)とか、有名私立ってことはあまり気にしない(オイ)金持ちの多い漫画だな、と思ったらやっぱり育ちもいいんだな。
新一はキザっていうか、何か自然にやってること(親の影響もあって)が周りからはそう見える…みたいな感じ。
水泳の授業のネタは高校の時でもよかったか…?
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