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時々、廻っているのは地球じゃなく僕らの方だと錯覚する ---------------------------------- 日が傾きかけて、町を徐々にオレンジ色に包み込もうとしている。 河川敷の土手を下った所に、サッカーボールを操る少年が一人。 ポンポンと流れるような淀みないリフティングを続けるその様子は見事で、おそらく本番のゲームでの技量も大したものなのだろう。 当の少年はズボンのポケットに手を突っ込んだまま、得意げな顔ひとつ見せない。彼にとって、この程度のことは賞賛されるほどでもないらしい。 …アレ、やってみっかなぁ… 額で何度か弾ませていたボールを見送って足元に落とし、足の甲で高く蹴り上げ、同時に勢いをつけて踏み込み、体を後ろ向きに一回転。要するに後方宙返り、バク転をする形で、空に浮かせたボールをそのままシュートする、というアクロバティックな技である。おおよそ実践向きではないが、これができるとサッカー少年達から一目置かれるため、みんなこぞって(こっそりと)練習していたりもする。当然ながら、成功者など…少なくとも彼の周りにはいなかったが。 彼も今まで一度も成功したことはなかった。タイミングを合わせるのが難しい。そして、ちゃんとボールに足が当たったとしても。 ドスンッ! 「…っ、痛ってえぇッ…!」 着地の際にバランスを崩し、尻餅をつく。少し足も擦りむいたかもしれない。雑草の伸びまくった土の上とはいえ、少年は苦痛に顔をしかめた。…と。 「わぁ、新一すご〜い!」 頭上から、明るく朗らかな声が響いた。見上げると、土手の上の道に自転車を停め、あどけない笑顔で拍手をしている少女の姿。少し茶色がかった髪が風に揺れている。快活そうな顔立ち。 「すごいじゃない、今の!ねぇ、どーやってやったの?」 くりくりっとした瞳で斜面を降りながら彼の元へと駆けてくる。 新一と呼ばれたその少年は、不機嫌そうな声で。 「…見てんじゃねーよッ」 「何でよ?いーじゃない」 ムクッとふくれてみせる、その表情さえ愛らしい。 将来は別嬪さんになるぞ、なんて周りの大人に言われているのも。しかし新一には興味の薄い話題でしかなかった。今の所は、まだ。 「あんなの、すごくも何ともねぇんだよ…失敗したし」 「失敗?」 「そっ。決めた後、ちゃんと立てなきゃ駄目なんだ」 正直、こんなところを彼女に見られたくなかった。体裁が悪そうに、ズボンについた土を両手で払って立ち上がる。 横に並んだ少女の背丈は、新一のそれよりもやや高い。対面したときの目線で分かる。 …気に入んねー… この時期、女の子は同じ年の男の子よりも成長が早い。精神面でも、身体的にも。それは学校や親から聞いて知っている。自然の摂理なのだから、仕方のないことだとも思う。 しかし男としては、女に負けるなんて面子が立たない。 小っせぇ頃は、オレよりずっとチビだったのになぁ… 小学校に上がる前くらいの頃。 親同士が旧知の仲だという理由で引き合わされたのが、蘭だった。 「仲良くしてあげてね」などと言われて。 もともと人懐っこく、外交的な両親の影響もあってか臆面しない新一と、明るく誰とでも話せる性格の蘭が、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。 ついこの間までは、新一が蘭の面倒を見ている、という印象だった。新一よりいくらか小柄で、社交的だが泣き虫で、根性と気力は人一倍でもドジな部分も多かったし、何より怖がりである。 「新一は蘭ちゃんのこと、ちゃんと守ってあげるのよ?男なんだから」と両親に言い聞かせられていたこともあって、一端のナイト気取りだったことも否めない。 野良犬に追いかけられているのを追っ払ったり、迷子になって行方不明になった彼女を探し当て、背中におぶって連れて帰ってきたり。近所の悪ガキどもに蘭が泣かされた時には、倍、いや3倍返しくらいにしてやったこともあった。 それが急に身長は追い越されるわ、なぜかお姉さんのように世話を焼かれるわ、立場が逆転してしまったようで、面白くない。いつの間にか空手なんて習い始めるし。 また、別の意味で新一を戸惑わせるのは。何だか体つきも丸みを帯びてきた気がするし、その・・・・・目に見えて膨らみ始めた部分は、もはや気のせいでは片付けられない。 グングン成長していく幼馴染の変化に、焦りを感じてしまうこともある。 「こんなん他の奴らに見られたら、笑われちまうだろ。ダセェし、カッコ悪ィし…」 負けず嫌いで完璧主義者の新一は、そっぽを向いてブチブチ呟く。 「そんなことないよっ!今の、すっごくカッコよかったと思う」 「そうかぁ?」 「ウンッ!新一、頑張り屋さんだもん。尊敬しちゃうな」 無邪気な、本心からの素直な言葉に、言われた方の新一も、硬い表情を緩めた。 「わたし、新一のそういうトコ、好きだよ」 「…へ?」 「新一に追いつきたいって思って、空手始めたのに…やっぱり全然かなわないや」 「…え、いや…あ、あのさ」 「何?」 キョトンとした目で見つめられて、口ごもる。サラッと言われた、その真意を訊くべきだろうか? 『好き』…って…その『スキ』っつーのは、あの『スキ』ってやつじゃねぇんだよな…? 少し前なら、変な奴だな、としか思わなかっただろう。 小学生も高学年ともなれば。恋愛だの何だのというものがチラつき始めるのは必然で。 何組のだれだれ君と何々ちゃんが付き合っている…とか、別れた…とか、好きだとか嫌い(?)だとか。告った、フラれた、なんていう噂を聞くことだって珍しくない。蘭だって、女同士でそういう話くらいしているだろうし。 新一は表面的にはさして乗り気ではないが、心が勝手に意識してしまうのは、自分の意志ではどうしようもない。とはいえ、そのことが頭を占める割合もまだ決して大きくはない。 憧れ、とか。友達として、とか。そういう意味の『好き』だよな、と納得させて。少しだけ赤くなってしまった頬も、一段と濃くなった夕日のおかげで、気付かれずに済むだろう。 「あっ、いっけなーい!もう帰らなきゃ」 蘭が思い出したように言う。 「今日、うちのお父さん仕事で遅くなるから、新一のとこで夕飯一緒に食べさせてくれるって。だから新一のお母さんに、呼んで来てって言われてたんだ」 「…あ、そう」 参ったな… 新一は頭の後ろをガシガシと掻きながら、再び眉を顰めた。 先ほどは、ああ自分に言い聞かせたものの、隣にその張本人がいる状態で果たして平常通りいられるだろうか… 蘭はそういった所にはトンチンカンだからいいとしても、妙に勘の鋭い両親にはすぐさま見抜かれてしまうに違いない。 それでそのことを蘭が帰った後―――いや、蘭がいる目の前でも平気でネタにして(それも嬉しそうに)息子を困らせて遊ぶような奴らなのだ。(…と新一は思っている) あーあ、家帰りたくねぇ…! 心で叫んでみても。思わずグウゥッと鳴るのは腹の虫。 育ち盛りの小五男子にとって、食事は何を差し置いても外せない、大事な糧。 そう、彼女よりも大きくなるために、とにかくたくさん食べなければ。 「んじゃ、先行くぜッ」 言うが早いか、転がったボールを拾い上げて、土手を全速力で駆け上がる。女の子には相当、きつい急斜面。 「あーん、待ってよ!新一ってばぁッ!」 一足先に蘭の自転車を引いて川沿いの道を歩く新一に、数分後ようやく、息を切らして走ってきた蘭が追いついてきた。紅潮しているであろうその顔は、やはり夕焼けに照らされて元の色味は掻き消されている。 「あんまくっつくんじゃねーっつの。もっとそっち、離れて歩けよな」 「やだよ〜っだ!新一の意地悪ッ」 新一はやたらと早足で。歩いていたのじゃ間に合わない蘭は小走りになって、それでも必死についていく。 「オメー、とろいんだもん」 「新一が速すぎるのよッ、バカ!」 わざと冷たく言って、新一は懸命に気持ちを切り替えようと努めた。 家に着くまでに、この顔をどうにかしなければ。 END -------------------- あとがき。 小5新一&蘭でした。色々捏造してますが… 蘭が空手を習い始めた時期とか、新一が蘭を意識しだすとか…幼稚園のエピソードとかどっかにあったらごめんなさい。アニメオリジナル設定やなんかも入ってくるともうワケわかんなくて(-_-;) ちなみに食が細そうなイメージの(…というか事件優先で食事は二の次っぽい)新一ですが、小学生のワンパクな時くらいたんとお食べ!ということで。 |
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