Departure

----------------------------------


 あいつのせいで、とんだとばっちりや。

 服部平次はイラついていた。
 普段から鋭い目つきを更に吊り上げたその顔は、誰の目から見ても不機嫌そのものといった凶悪さだ。

 その発端は数週間前に遡る。
 東の名探偵と謳われる工藤新一が、かねてより交際していた幼馴染で『眠りの小五郎』を父に持つ美女と、二十歳を迎えた今年、ついにゴールインを果たした。
 同い年で、高校生の頃から探偵という同じ生業の中で名をはせてきたライバルであり、親友でもある彼とは、比較されることも多い。
 マスコミやら警察関係者やら友人・知人、同窓生等々から、お前の方はどうなんだ、と興味本位で茶化されるのは、正直言って煩わしい。
 事件の捜査のことで比べられるのならまだしも、プライベートなことにまでとやかく口を挟まれるのは、どうにも我慢ならない。
 オレはあいつとはちゃうねん!
 それだけならまだいいのだが。
 この話題に関しては自らも矢面に立たされているはずの、幼馴染にして今では恋人でもある遠山和葉からも、憧れと羨望のこもった口調で、
「ええなぁ、蘭ちゃん。幸せそうやわ〜」
なんて連呼されてはたまらない。
 挙式に参列してからというもの、ずっとこの調子なのだ。


「蘭ちゃん、めっちゃ綺麗やったなぁ…真っ白なウェディングドレス、よぉ似合っとったわ〜デザインも素敵やったし、眩しかったわぁ…」
「さよけ」
「工藤君も決まっとったな。白のタキシードなんて、平次が着てるん想像できひんわ」
「あいつは気障ったらしいだけやろ。何や、あのチューの後のドヤ顔は」
「そのうち赤ちゃんも生まれるんやろな…可愛ええやろなぁ、蘭ちゃんたちの子供!コナン君みたいに賢い子になるんちゃうん?」
「知るかボケ!」
 あまりにもうるさいので、平次は思わず言ってしまった。

「自分が結婚するわけでもガキ生むわけでもないんやから、黙っとけ!ちゅーか、どうでもええねん、そんなこと!!」

「…ど、どうでもええ?そんな風に思っとるん?」
「しつこいな、もうこの話はナシや、ナシ!」



「・・・・・平次のアホんだらッ!!!」
 それ以来、彼女は完全にへそを曲げてしまったのだった。




『あーあ、そりゃ和葉ちゃんも怒るよな』
「お前に何が分かんねん!新婚で幸せボケしとるんとちゃうか」
『そうピリピリすんなって』
 平次がほぼ八つ当たりに近い怒りを向けるその相手は、何だか飄々としていて、悠然とした態度なのがますます気に食わない。
『待ってんじゃねーのか?ソレ』
「何をや」
『お前からのプロポーズだよ』
「・・・・・プ、ロポーズ…やと?」
 新一が、歯の浮くようなクサい文句でプロポーズをかましたということは、和葉から伝え聞いている。よぉやるわ、と内心引き気味で思ったものだが。
「勘弁してくれや、工藤。お前が何かやらかすと、こっちにまで火の粉が飛んで来よるんやから」
『何だよ、その言い方は…オレがいつ蘭と結婚しようと、オレの勝手だろーが。
 だいたいこっちだってなぁ…お前が何かしでかす度に、和葉ちゃんから蘭に筒抜けなんだからな。そんでオレまで余計な詮索されるんだからよ』
 要はお互い様といったところか。結束した女のパワーは怖ろしい。
 平次は、ハハ…と曖昧に笑った。
『で?ちゃんと真剣に考えてんのか?』
「は?」
『結婚とか将来のこととか』
「それこそ余計なお世話や」
 考えてないこともないのだが、他人から言われたくはない。二人の問題なのだから、放っておいてほしい。
『あのなぁ、服部…タイミングとか色々あんのは分かるけどよ。そんなんじゃ和葉ちゃん、可哀相だぜ』
「お前に言われとぉないわッ」
『バーロ、オレがそうだったから言ってやってんだよ!
 もう二十歳なんだぞ?今すぐじゃなくたって、意識はするだろうが。特に女の子にとっては、結婚ってのは一番の夢なんだっての。それを大切な人に、どうでもいい、なんて言われたら、傷付くに決まってんだろ』
「・・・・・」
 至極ごもっともなことを言われて、平次は返す言葉に詰まる。
『オレらのことがプレッシャーになってるかもしれねーけどよ。比較対象にされんのはイケ好かねーだろうが、逆にいい意味で踏ん切りつくんじゃねーか?』
「何やエラそうに…お前に女のことで説教されるたァ思わんかったわ。大人になったなァ、工藤。あんなに小っこかったとは思われへんわ」
『お前はもっと大人になれ』
「何やと!?」
『まだ分かんねーのか?本当に大切な人がいるんなら…
 そいつのためだったら、プライド投げうってでも命懸けんのが男ってもんだろ。
 オレは蘭の望むことなら何でも可能にしてやりてーって思ってるからな。ただそれを素直に表現してやってるだけなんだよ』

 電話口では、しばし沈黙が続いた。
 何だ、こいつ切りやがったか?と新一が訝しむと。
「うわ、さっぶー…寒イボ立ったわ」
 それがあんな気恥ずかしい言動になってるってことなのか。
 オレには真似出来へんで、と呟く。
『お前だって、和葉ちゃんのこととなると見境ねーじゃねぇか。
 別に、オレみたいにしろとは言わねーよ。お前はお前のやり方で、彼女のこと守ってきてるはずだしな。
 …けど、もうちっとマシな言葉をかけてやるとかさ、きちんと伝えてやった方がいいこともあるだろ』
 もうガキじゃねーんだから、と釘をさすように言われて、ヤケ気味に言い放つ。
「あーもう、わーったわーった!これ以上、お前の話聞いとったら耳が腐るわ。
 言葉にせんと伝わらんこともあるっちゅーことやろ?」
 特に和葉は、明確な言葉を欲しがるタイプだから…
『そういうこった。
 せっかく通じ合えたんだから、逃すんじゃねーぞ、彼女』
「当たり前やろ。そんな気ィ、さらさらないわ」
『それ聞いて安心したぜ。
 …っと、悪ィ、蘭が呼んでる。これから夕飯だから、そんじゃーな』
「最後までノロケんでええねん!オレかて和葉の手料理くらい食うとるわッ」
 悪態をついて、通話を切る。
 うまく行ってるのはいいことなのだが、どことなくそれを鼻にかけて優位に立たれているように感じるのは、気のせいだろうか。
 一時期は子供の姿になって、自分の正体を明かすこともできずにヤキモキしてるのをからかってやっていたというのに。
 …いや、だからこそ、か。
 あいつの言葉に、重みを感じてしまうのは。



 平次は和葉を呼び出した。
 まだ少し硬さの残る、むすっとした表情で、平次の向かいに座る。
「大事な話がある」
と平次が切り出すと、彼女はピクッと肩を震わせて、言葉を遮った。
「別れ話やったら、聞かへんよ」
「は?」
「ごめんな、アタシ…平次の気も知らんと、無神経なことばっかり言うて…うるさい女でごめん。
 平次が、結婚とか考えられへんのやったら、それでもええ。せやけど、アタシはずっと平次と一緒におりたいねん。ただの幼馴染に戻るとかも嫌や。
 …アタシはずっと、平次にアタシのこと好きでいて欲しいねん。それじゃあ…アカン?」
 急にしおらしく、不安げな態度で、弱々しく訴えるような声に、平次は少し戸惑って、答えた。
「…別に、しとぉないとは言うてへん」
「へ?」
「オレはただ、周りにやいやい言われてうっとおしかっただけや。自分のことは自分で決めるっちゅーねん。人に言われて、その通りにするんが気に食わんかったんや」
「平次…」
「ただ、このまま言われ続けるんも面倒やからなァ…してもええで」
「え、何を?」
「せやから、結婚」
「・・・・・へ?…えええ!!?」
 和葉は一瞬キョトンとして、ひと呼吸おいてから、大袈裟な声を上げた。
「嫌なんか?」
「嫌やない、けど…そんなわけあらへんやん。けど…いきなりすぎや」
 …待ってたわけやないんか?
 平次は、顔を真っ赤にしてうろたえる和葉を不思議そうに眺めた。
「…ってことは、今のコレって、プロポーズってやつなん?」
「まぁ、そういうこっちゃな」
「何て言い方や…ロマンスの欠片もあらへんやん!!」
「オレは工藤やないんやから、そんなん言えるかい!不満なら取り消すで」
「あ、ウソウソ、ごめん」
「…で?返事はないんか、返事は」
「そんなん…嬉しいに決まっとるやろ」
 和葉は照れたように顔を伏せていたが、やがてクスクスと笑い出した。
「あん?」
「そらそうやね。平次は平次やし、むしろアンタらしいわ。平次が工藤君みたいなこと口走りよったら、気色悪いもんな」
「あいつと比べる方が間違うとるて。あの姉ちゃん、よくあれで耐えられるな」
「工藤君やからやろ。それに…好きやからやね、きっと」
 体面上ああは言ったものの。
 例え平次が甘くてクッサいセリフを吐いたとしても、多分きっと自分はドキドキしてしまう。
「そうと決まれば、飯や飯!戦の前に腹ごしらえしとかな」
「戦…?って何やの?」
「お前のオトンに、結婚を承諾してもらうっちゅー、世紀の難事件に挑む戦いや」
「あはは!せいぜい頑張りィ♪」
 和葉はまるで他人事のようにカラカラと笑って、平次の肩をバシバシと叩いた。




『ふーん、そんで勢いで婚約しちまったっつー訳か』
「お前のせいやからな、工藤」
『オレのおかげ、だろ』
 恩着せがましいんじゃ、と平次は心の中で毒づく。
『まぁ、式には呼んでくれよな。スピーチもオレに任せてくれるなら、最高に盛り上げてやるぜ?和葉ちゃんが喜ぶ、”イイもん”聴かせてやっからよ』
「何や、ソレ」
『そいつは、お楽しみってやつだな』

 妙に楽しそうな口ぶりに、またおかしなこと企んでるんちゃうやろな…?と悪い予感が頭を過ぎった。



 END



--------------------

あとがき。

遠山の日のために書いていたのに、全然間に合いませんでした…スイマセン(>_<)
最初、新一と平次の会話のみ思い付いて、和葉ちゃんを幸せにする日なのに野郎どもしか出て来ねーじゃねーか!!と思って色々と膨らませてみたのですけど、この完成度…(-_-;)
結婚話にするつもりが、プロポーズ話になっちゃいましたね。。。
BACK▼