| Forever Dreamer ---------------------------------- それは、一番見たいと思っていた姿だった。 シルクのような光沢のある、白いドレス。 飾り気のないシンプルなデザインの衣装が、かえって透けるような肌と清楚な艶やかさを際立たせている。 何より美しいのは、身に纏っているそれではなくて、その人が持つ本来の清廉さ。 見る者すべてを見惚れさせてしまうその立ち姿に、唇が言葉を忘れてしまっていた。 「・・・きれいだよ」 月並みなセリフに、ありがとう、と顔を綻ばせる。その表情の愛らしいことと言ったら。 けれど、そこに少しの寂しさが含まれているように思うのは、気のせいだろうか? 普段より華やかなメイクをして、―――いや、顔立ちも少し大人びたみたいだ。 落ち着いた仕草に、まだ少しあどけなさの残る微笑。 いつの間に、そんな顔をするようになったのだろう。 それに対して――― 自分の刻だけが、止まってしまったかのようだった。 「コナン君」 そう呼ばれる声も、どこか遠くで聞いていた。 どうして自分だけが、立ち止まってしまっているのだろうか。 「あんまり嬉しそうじゃないのね」 「…そんなこと、ないよ?」 当たり前だろ、なんて。言える訳がない。 なぜ彼女は。 新一でもコナンでもなく、『他の誰か』を選んだのだろう。 「コナン君の言いたいこと、分かってるよ」 「え…」 「どうして新一とじゃないのか、って?」 「・・・・・・」 彼女はフッと視線を逸らした。 まるで何かを追い求めているようで、その実、瞳には何も捕えられてはいない。 一体、何を見てるの―――――? 「新一のことは、ね。今でも好きよ。私の中では特別な…とても大切な存在。だけど…」 伏せた睫毛が震えていた。諦めた、そう言いたげに。 「新一の背中は、遠すぎるよ。わたしなんかじゃ、手が届かないところにいる気がするの…」 違う。 こんなに近くにいるのに。 ずっとずっと、傍に居ただろう? 手が届かないのは、オメーの方じゃねーか、…蘭。 ここにいるよ、と叫びたかった。けれど、できなかった。 鉛のように重たく、貼り付いた口は、どうやっても開かない。握り締めた拳が小刻みに振動する以外は、金縛りのように凍りついていた。 「ごめんね、ありがとう」 覗き込んだ顔を見上げると、唇が『しんいち』と動いたように見えた。 「…そろそろ行かなきゃ。ほら、コナン君も…」 見守っててね、と。 きっとこれが、最後になる。 彼女の傍に居られるのは―――もう。 「待っ…」 立ち上がって、スカートを翻すその背中に手を伸ばす。 小さな、子供の手を。 けれど、やはり。 届くはずがない。 そしてもう、永遠に。 手の届かないどこかへ。 それでも、必死に。 …行くなよ。 行かないでくれ。頼むから… もう、哀しい思いなんかさせないって。 ずっとオレが守るから。 だから、だから… 「っ…ち、くしょうッ!!」 ようやく吐き出した言葉は、奈落の底へと消えていった。 あとは、もう。 何も見えない。 何も聞こえない。 ただただ、闇。 …たった一人。 そばにいてくれさえすれば、いいんだ。 他には何も要らない。 …蘭、 蘭。 「蘭ッ!!!」 何かを跳ね除けて、身を起こしていたことに気付いた。 ねっとりと淀んだ、暗く、寒々しい空気がまとわりついて、呼吸するのさえ苦しい。 顔が、いや、体中がじっとりと汗ばんで、額を拭う腕も湿っていた。胸元にシーツが張り付いて、気持ちが悪い。 ここはどこなのか、今はいつで、何をしていたのか。 考えることすら億劫で。 しばらくうな垂れたまま荒い息をついていたが、ふと、自分の両手を見やった。 ごつごつと筋張って、血管がうっすら浮いた、男の手。硬い皮膚の表面には、関節が突き出し、指はすらりと長い。 『コナン』だったとき、元の体に戻ったり、また幼児化したりと繰り返す中、自分の体が今どうなっているのか確認するのは、いつもこの部分だった。 ―――てことは、今は『新一』か。 そう認識して、ようやく。この状況が判然としてきた。 もう、『コナン』になることはないのだ。 多分、きっと。二度と。…そう、願いたい。 ・・・・・夢、か。 嫌な夢を見たものだ。 コナンだった頃ならともかく、今になって。何て内容なのだろう。 まだ、あのとき抱いていた恐れから、抜け出せていないのかもしれない。 「…ん…」 ごそり、と隣で動く気配がして、自分の体にかかっていたシーツが軽く引っ張られた。 なめらかな丸みを帯びた肩を、さらりとしたシルク地が滑っていく。 まだとろんとした瞼をうっすら開け、体ごと新一の方へ向き、心配そうに見上げる。 「…どうしたの?」 明るいところで見たら、我を忘れそうな可愛らしさだ。 「や…何でもねーよ」 ちょっと夢見が悪くて、という後半の言葉は飲み込んだ。 「水、飲んでくるわ」 体の端々が怠くてたまらないが、とにかく喉が渇いて仕方がない。 言うことを聞かない体を引きずってベッドから降りる。ズボンだけじゃ心もとない気がして、床に脱ぎ捨ててあったシャツを羽織ると階下へと足を運ぶ。 ミネラルウォーターを口にし、冷水で顔を洗ったら、やっと意識もすっきりとした。 ペットボトルを手にしたまま、リビングのソファに腰を下ろす。 まだ夜明け前だが、寝直す気にはなれなかった。 眠気など吹っ飛んでしまったし、もしこの現実が逆に夢だったとしたら――――― などと不吉な考えが浮かんで、正直、目を閉じるのも怖かった。 本当はシャワーでも浴びて、汗まみれの体もさっぱりしたいところだが、そこまで動く気力もない。 何つーか…コナンだったときより、弱くなってねーか?オレ… 自信家で、何でも楽しめる気質だし、ある意味では楽観的。常に、やればできる精神で物怖じしない性格。それを自分でも認めている。それなのに――― こと蘭に関係することとなると、どうにも上手く立ち回れない自分がいる。 唯一の弱点で、最大の強みでもある。 コナンの姿だった時、無我夢中だった。 体が小さい分、彼女を守ろうと必死で。 気持ちだけは膨れ上がって、どんなことでも出来るような気がした。いや、やらねばと強く思っていた。 コナンは新一ではない。 彼女にしてやれることにも制限があって。その分、背伸びして。 けれど、新一としてのポジションに戻ることができた今、今度は失ってしまうことが怖い。 せっかく手に入れた彼女を―――――― 「新一」 微かに聞こえていた遠慮がちな足音と、背後にかけられた小さな声に振り返ると、薄手のナイトウェアを羽織った蘭が戸口から顔を覗かせていた。 「眠れないの?」 なかなか帰ってこないから心配しちゃった、と言いながら、そっと隣に腰掛ける。 「ワリィな、起こしちまって」 バツが悪そうに言うと、「ううん、それはいいんだけど」と首を振って、新一の手に自身の掌を重ねた。 「あのね、新一」 「ん?」 「その…これからは、わたしに何でも話してね。力になれることばかりじゃないだろうけど…」 言葉の裏を返せば、隠し事はしないで欲しい、そんなニュアンスに受け取れた。 永い戦いの末。 迷った挙句、蘭に全てを打ち明けた。 自分がコナンだったこと。ずっと見てきたこと。あれこれと知ってしまったこと。 彼女は一瞬、戸惑い、複雑そうな表情をしてみせたが、やがて柔らかく微笑んで。 「やっぱりね」とおどけた口調で言った。 何もかもを赦して受け入れてくれたかのような、そんな笑顔だった。 それで自分は、救われた。 彼女にとっての不安が、少しは解消されたのだろうが、何より新一の方がほっとした。 もう、心配をかけるようなことはしまい、と固く心に誓ったはずなのに。 自分はまた、この優しい人に要らぬ気遣いを抱かせてしまっている。 そんな顔、させたくはない。ずっと笑っていて欲しいのに。 体が元に戻ろうが、まるで変わっていない自分が情けない。 けれど、この気持ちは。どう表現したらいい…? 「…上手く言えねーけど、参っちまってるんだ」 「何に…?」 「オメーのことが好きすぎて」 嘘ではない。 返答が返ってこないので横目で顔を盗み見ると、目を丸くしながら頬を赤く染め、口をぽかーんと開けていた。 真剣なのかフェイクなのか量りかねているらしい。思わずプッと吹き出したら、からかったのね!?と肩をポカポカ叩かれた。 「オレはマジで言ってるんだぜ?オメーが可笑しな顔してっからつい笑っちまっただけで」 「おかしな顔なんかしてないッ」 「あー、だから前にも言ったろ?オレにも唯一解けねー謎がオメーなんだ、って。もう迷宮どころか、底なし沼にハマッちまった感じだな」 「どういう例えなのよ」 照れ隠しなのか、ぷぅと膨れて唇を尖らせる。そんな仕草も何もかもが可愛く思えて。 『底なし沼』も言い得て妙だな、なんて思ってしまった。 …ヤベー。オレ、マジでハマッちまってる。今に始まったことじゃないけれど。 「ちょっと借りるぜ」 「え…っ」 何を?と問われるより先に、新一は体を横倒しにして、柔らかな太腿に頭を預けた。 「蘭の膝枕だったら、眠れそうな気がする」 「ちょっ…もう」 慌てたような呆れたような声が降ってきたが、次第に硬直していた脚から力が抜けていくのが頭越しに伝わって、程良い弾力に少しばかり沈み込んだ。 その内、細く、ひんやりとした指が髪を梳き、そっと撫でる感触がくすぐったくて、ちょっぴり煩わしくもあり、どこか胸の奥底をきゅっと掴まれるような、不思議な心持ちがした。 「何だか子供みたいね」 今度は中身だけコナン君になっちゃったんじゃないの?なんて言うから。 「…オレがコナンだった時にこんなことしてねーだろ」 「そうね。コナン君は、こんな風に甘えてくれなかったものね」 「ンなことできっかよ。それに…」 言いかけて、新一は上体を起こすと、蘭を腕の中にすっぽりと包み込む。 「コナンだったら、こーんなことできねーしな」 「そうやって、ムキになるのが子供っぽいじゃない」 胸の下からクスクスと笑う声。 「何か、おかしいの。 …わたしね、コナン君が新一だったらいいのに、ってずっと思ってたんだ。でも… やっぱり、新一がコナン君じゃなかったら良かったかな、って思うこともあるの」 「何でだよ?」 謎めいた口振りに、新一が腕の力を緩める。 「今までコナン君の中に新一を重ねて見てたけど…『コナン君』がいなくなって、代わりに今は、新一の中にコナン君を見てるみたい…」 「・・・・・まるでコナンに恋でもしたみてーな言い方じゃねーか」 眉を顰めて言う新一に、「そうかもね」と意味ありげな視線を向ける。 訝しさを含んだ渋面が、ますますその険しい色を深めた。 「だって…コナン君は新一だったんでしょ?…好きになるのは当然じゃない」 いくら演技をしていても、内面の強さ、優しさ、誰かを思いやる温かい気持ち、正義感に溢れた熱いハートは隠し切れない。 そのことが蘭に新一の姿をダブらせ、混乱させる原因となったのだが、本質は変わらないのだから惹かれてしまうのも、今なら納得できる。 「わたし、新一がコナン君より小さな頃からずっと見て…きてるんだよ?分かるわよ。 いっつも誤魔化されてきたけど」 新一の腕をするりと抜けて、不意打ちの意外な告白に呆然としている彼のその体を、今度は蘭が抱き締める。 「新一も、そう。普段は意地悪で、わたしのことからかってばっかりだけど…肝心なところではいつも助けてくれて、力になってくれるじゃない? コナン君も、見える所では子供のフリしてたけど、さりげなくそばにいて見守ってくれて…何だか似てるなァって気がしてたのよね」 「そりゃあ…そうするしかできなかったしな」 あの頃のもどかしさを思い返したのか、そのことを彼女に指摘された気恥ずかしさからか、新一は視線を外した。 「うん。子供の姿になっても…新一は、小さな体でずっと、わたしのこと支え続けてきてくれたんだよね」 顔を覗き込んだ蘭の、微笑みを湛えたまっすぐな瞳が、新一の心を射抜く。 「そう思ったら…コナン君のこと、すごく愛おしく思えてきて」 新一と目線を合わせるように、そっと両手で、その頬を包み込んで。 「・・・・・ありがとう、コナン君」 優しく触れた唇は、ほんのりと温かく、心地好かった。 「・・・・・今のはオレじゃなくて、コナンへのキスなわけ?」 「…ふふ、さぁ?どうでしょう」 自分にヤキモチ妬いてどうすんだよ、とは思うが、いつになく楽しそうな蘭に複雑な心境の新一は。 「まぁ…オレのいない間、オレの分身がオメーを守ってやってくれてたと思ってくれればいいよ」と。 照れ臭そうに、しかしどことなく面白くなさそうに呟いて、頭を掻く。 「…って、あークソッ! オレのこの嫉妬と怒りはどこへぶつけたらいいんだよ!?」 「やっぱりそっくりね、そういうトコ」 「バーロ」 似てるも何もオレ自身なんだよ。 無邪気に笑う蘭の手を掴んで、グイと引っ張った。 バランスを失った体は、再び彼の胸の中へと倒れ込む。 「こういう時は、オレのことだけ見てろよ」 こういう時、って…? 訊き返す間もなく、背中に回された腕の締め付けるような熱さに強い男の力を感じて、蘭はそのまま静かに目を閉じた。 END -------------------- あとがき。 シリアス風味でちょいエロ(笑)新一は元に戻っても苦悩しないかな…?しないか。 タイトルはたまたま(?)思い付いた、林原めぐみさんの曲から。 |
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