いつも、二人で。

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 二人で夕飯を食べて、何気ない話をして、笑い合って…そんなことをしていたら時間はあっという間に過ぎてしまっていた。

「わたし、そろそろ帰らなきゃ…」
 父親が遅くなるという日には、少し油断してしまうのか、時が経つのも忘れてしまう。
 名残惜しそうにそう告げて、腰を浮かしかけた蘭の手首を新一が掴んだ。
「新一?」
「珍しくこんな時間までいるから、今日はもう帰んないのかと思った」
「何言ってるのよ、もう…」
 茶化しているのかと笑い飛ばそうとして、彼の思いの外まっすぐな強い瞳に縫い止められる。
 グイッと引っ張られて、あっと声を上げる間もなく視界は反転し、見上げる先には影になった新一の顔が、触れそうなほど近くにあった。
「し、新一…っ」
「帰んなよ」
 拗ねているのか、怒っているのか。暗くて表情はよく見えない。
「どこにも行くな」
 影が濃さを増していく。
「ここにいろ」
 囁くような、命令されているような。その言葉は耳よりも近いところで直接、感じた。と思ったらそのまま、唇に重なる、熱。反射的に目を閉じた。

「…っ、ん…ぅん…っ」

 キスは初めてじゃない。けれど…
 触れ合う、というより吸われる、という感じ。
 今まで、こんな風に求められたことはなかった。強引で、性急で、貪るような…
 彼にさえまだ知られていなかった深い領域にまで踏み込まれて、蘭は戸惑う。
 その内、唇を割って何か――彼の舌、だ――が、歯列をくすぐり、頤を親指で押されて、開かされた口の中にまで入ってこられて、息をしようにも唇は塞がれていて、逃げ場のない喘ぎは、篭ってしまって苦しい。
 自分の口の中で自分じゃないものが動き回る感覚に、蘭はぎゅっと瞼を瞑り、彼のシャツを両手で引っ掴んだまま硬直した。
 その間に、新一の手が肩をなぞり、柔らかな胸をそっと撫でる。
「…っ…」
 これから自分はどうなるのか。話には聞いたこともあるけれど。実際に自分がその立場になると、いよいよ頭は働かなくなって。恥ずかしいだとか何だとか、思う余裕すらなくて。
 じっとそのまま動かないでいたら、新一の唇が離れていくとともに体にかかっていた重圧も和らいでいった。
 どこか遠くで、フゥ…と諦めとも落胆ともとれる溜め息が聞こえた。

「…蘭、目ぇ開けて」

 優しい口調で促されて、ゆっくり怖々と目を開けると。
 何だか残念そうな、やる瀬ないような、そんな顔をした新一がいて。
 そっと背中を抱き起こされる。


「そんなに震えることねぇだろ。何だか悪いことしてるみたいじゃねーか」
「え…」

 自覚はなかったが、それほど震えていただろうか。
 よくよく我に返ってみると、どうやら半泣きだし、ひどく怯えてしまっているように彼の目には映ったらしい。
「ごめん、新一…わたし」
「やっぱ…嫌だった?」
「ううん!!そんなことない!ただ…いきなり、だったからちょっと…ビックリしちゃったかなぁ、って…」
 言いながらも何故だか泣けてきてしまって。
 本当は…少しだけ期待もしていた。いつかは好きな人と…一番大切な人と。…彼、とだったら。なんて淡い想いを抱いていたことも事実。
 けれどやはり、心はまだ未熟で、ちぐはぐで。彼を好きな想いとは裏腹に、ついていくことができなくって。

 拒絶したわけじゃない…でも、傷付けてしまったかもしれない。


「…いいよ、新一」
「え?」
「わたし、新一にだったら…っ」
「ンな顔して言うんじゃねーよ」
 怒ってるの?と問いかけるより先に、プッと吹き出して苦笑いしながら、指先で涙を拭ってくれた。
「…ったく、泣くなよ。ほんと、オメーは昔っから泣き虫だよなぁ」
「何よぅ…バカ」
 むくれてみせると、新一はポンポンと頭を軽く叩いて。
「悪かったよ。オレが急ぎ過ぎた。オメーの気持ちとか無視してたな、ゴメン」
 ブンブンと大仰に首を横に振ると、ホッとしたように笑って、じゃ、ちょっと確認してもいいか?と訊かれて、今度は縦に首を振る。

「蘭、オレのことどう思ってる?」
「…え?」
 何を今更…と怪訝に思いながら、好きだけど?と答えると、人差し指でポリポリと髪を掻いて。
「あー、ええと、そういうんじゃなくて」
「???」

「男だと思ってる?」
「思ってるわよ」
「かっこいいと思ってる?」
「…ちょっと思ってる」
 自分で言うか。
 ちょっと、の部分が不服そうではあったが、満更でもなさそうに頷いて、先を続ける。
「あとは?優しい、とか?頼りになる、とか?守ってくれる、とか」
 うん、うん、と肯定はしつつ、だんだん何を訊きたいのか分からなくなってきた。
「だから、何なのよ?自惚れたいの?」
「ちげーって。だったらさ…オレのもっと嫌な部分とかさ、醜いところなんかも分かってくれてるか?」
「え?」
「オレはさ…オメーのこと、ずっと…こうしたいと思ってた」
 キスとかそれ以上のことも、と言って、指先で蘭の唇に触れる。
「蘭のこと独占してぇし、他の誰にも渡したくねぇし、触れさせたくねぇし…正直、オメーに近付く奴ら全員消えろ!とか思ってるし…」
「は、激しいわね…」
「オレの頭ン中でオメーがどういうことになってるか、なんて口が裂けても言えねぇし」
 な、何が…!?
 その言葉の裏にある意味は、さすがに蘭の想像を超えた。

「もう昔の…ただの幼馴染としての感情だけじゃないってこと。
 オメーが幸せならそれでいいって、ただ守るだけの存在になんかなりたくねーんだよ。上っ面だけじゃなくて、オレのそういう汚ねー部分とかドロドロした部分なんかもあるって理解してくれた上で、それでもオレのこと好きになってくれてる訳だよな?」
「あ、当たり前でしょッ」
 初めて聞くような告白に、顔を赤くしながらも、蘭は力強くはっきりと言い返した。
「新一のダメなところや嫌なところなんて、他の誰よりもわたしが一番よく知ってるんだから!それに…」
 彼こそ、知っているのだろうか?自分が見せないでひた隠しにしてきた、後ろ暗い部分。嫉妬とか、打算とか、意地とか。女の方が、本当はそういう抱えているものが多いんじゃなかろうか。

「わ、わたしだって…新一に知られたくないようなところ、いっぱいあるよ?
 幼馴染だから、他の子より傍にいられて、その分、得してるって分かってて甘えちゃってるし…ズ、ズルイんだ。
 新一がいなくなった時は不安で、何で!?って勝手に怒ったり、当たったりして…新一は悪くないのに…
 もしかして他の女の人と会ってるのかも、なんて思い込んで一人でイライラしたりして…そんなことばっかり考えちゃってて…
 わたしこそ、新一が思ってるよりずっとイヤな女なんだよ」

 一気にぶちまけて、呆れてないかな?と新一を窺うと。
「それは何となく分かってた」
と、あっさり言われてしまった。
 鬼気迫るものがあったしな、と呟く言葉に少し引っ掛かったのだが。
「オレは蘭のそういう知らなかった部分を知れるのは嬉しいし、何があってもオメーを好きなことだけは変わらねーから安心しろって」
「…ありがと」
 すん、と鼻をすすり上げる。ティッシュいるか?と言われて、いいわよと突っ撥ねた。
 さすがに目の前で鼻はかめない。
「オレはオメーを本当に傷付けることだけはしたくない。だから本気で嫌なんだったら、止める。…待つよ。いつまででもな」

「…や、じゃないよ」
 涙は収まったものの、少し目尻を赤くして、蘭はまっすぐに新一を見つめた。
「嫌な訳ない…新一がわたしを…そんな風に求めてきてくれること、本当はすごく嬉しい。さっきは泣いちゃったりして、ごめんね。何だかちょっとだけ…怖いって思っちゃったんだ」
 あ、でも!と慌てて付け加える。
「新一が怖かったんじゃないの。だって…初めて、だから。初めてのこととか、新しいことをするときって緊張するし、ドキドキするし、不安もあるし・・・・・
 だけどね、わたし…わたし、新一とだったら…っ!」
 言い終わらない内に、強い力で抱きすくめられた。
「オレも…怖いよ」
 絞り出すような声が耳を掠める。
「オレも同じだよ。…初めて、だからな。慣れねーことするのって、緊張する」
「新一、も…?」
「ああ…分かんねーか?さっきからずっと、心臓バクバクいってんの」
 蘭がその体に寄り添うと、体温や息遣いと鼓動が、微かにだが伝わってくる。
「…すごく、速いね。おんなじくらい、ドキドキしてる」
「掌なんか汗かいてベトベトだよ」
「新一でもそんなになるんだ」
 いつもスカしていて、クールな名探偵気取りで、何でもお見通しで、余裕綽々で…なんて思っていたけれど。やっぱり新一は新一なんだ。
 推理バカでちょっぴり意地悪で、でもすごく優しい。

「オレは…蘭に嫌われることの方が怖い」

 抱きしめる力は緩めないままに、けれどその声はひどく弱々しく聞こえて、蘭はその体を両手で抱き返す。
「嫌いになんて、ならない…ううん、なれないよ」
「ああ、だからそれを訊いておきたかったんだ。オレが男としての本性を全て曝け出しても?蘭はオレのこと好きでいてくれるかって」
「うん、好きだよ。わたしが好きになったのは、そのまんまの新一なんだもん」
 そこまで言って微笑むと、ようやく。新一の表情も元の明るさを取り戻して。
「分かってたつもりでも、なかなか実感できないものなのよね」
 でも嫌いになったんじゃないからね!と念を押す。
 ちょっと戸惑っちゃっただけだから、と。
「オレも、一緒だから。二人でなら大丈夫だろ?」
「…ウン。新一となら大丈夫…」

「蘭」
 ひんやりとした彼女の手を取って。


「オレに全て、預けてくれるか?」



「・・・・・はい」

 落ち着いた蘭の口調に、新一は改めて蘭の体をゆっくりと倒し、その顔を近づけようとして。
「あ。」
「え?」
「ここじゃ、なんだよな…」
 一人で何かに気付いたように呟いて、蘭の腕を引き、身を起こす。
 急に流れを止められると、忘れていた気恥ずかしさ、というものが襲ってくるのだけれど…
 と内心思っていると、予告もなしに抱き上げられ、体が浮き上がった。
「きゃ…っ」
「この方がムード出るだろ?」
「え、え、え?」
 狼狽えながらもおとなしく腕の中に収まった蘭の唇に、もう一度キスを落として。


 二人の姿は寝室へと消えていった。



 END



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あとがき。

って、肝心なところの手前で終わるっていうね…この先書いたとしても表には載せられないだろうしな…
何か初めての話とか書きたいなぁ〜と妄想してみたんですが、その前の話が盛り上がっちゃって、ここで切っといた方がすぱーんとして納まりがいいかな、というか満足しちゃった(汗)その後はご想像にお任せしますvv
一応、べろちゅーまでしちゃったから15禁で、ということにしておきましたが全然ヌルいですよね…(-_-;)
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