| 涙がキラリ☆ ---------------------------------- 隣を歩いている姿が急に見えなくなったから、訝しげに振り返ると。 数軒手前のショーウィンドウに顔を近づけて、半ば屈み込んでいた。 「なに車道にケツ向けとんねん。パンツ見えるで」 暗にスカートが短すぎることを併せて忠告したのだが、和葉は聞き流したのか聞いていないのか、じっとケースを覗いている。 一見するとアンティークショップのような、小洒落た外観。街道側のショーケースには、いかにも女性が好きそうな、アクセサリーや小物などが展示されている。 和葉も例外ではなく、こういった”キラキラしたもの”に弱い。その横顔にそっと近付いて。 「何かウマそうなもんでもあったんか?」 「せやな。あのダイヤモンドなんて、硬くて歯ごたえありそうやな〜って、何でやねん!」 ノリツッコミは関西の伝統文化なので、とりあえず乗っておく。 「ちょっとええなぁ、って思っただけやよ。ゴメンな、行こか」 「入らんでええんか?」 「…入ってええの?」 何故か少しばかり戸惑いとためらいを含んだ声で言われて、平次は改めて店構えを眺めた。 近代ヨーロッパ風の瀟洒な造り。どこか異国を思わせる飾りや文様がさりげなくしつらえられており、新しい建物なのに不思議と年代を感じさせる。それでいて、内装は明るく落ち着いて、洗練されたデザイン。スタッフのたたずまいも、よく見るショップの若い店員なんかとは違う、優雅で凛とした風情をまとっている。 要するに、そこそこの高級店なのだろう。高校生の、ましてや女の子が一人で入っていけるような雰囲気ではない。―男連れならともかくとして。 …なるほどな。 先ほどの彼女の、遠慮がちな問いかけの意味が理解できた。 こんな敷居の高い店に入っていいのか、という不安と、一緒に入ってくれるのか、という期待とがない交ぜになって、思わず訊いた言葉だったのだ。 それも、かなり攻撃力の強い、憂いを湛えた上目遣いでもって。 「み…見るだけやったら、ええんちゃうん…?」 別に高級店だからといって緊張することもないが、ただ、高校生が踏み入れるようなところでもないことは確かだ。 冷やかしで入るような店でもないだろうが、無理やり買わされることもないだろう。 そろそろと扉を押し開いて入っていく和葉に、何でもない顔をして続く。 カランと涼やかなドアベルの音色が店内に響いた。 「わぁ…めっちゃキレイ…」 こういう所では、人は静かになってしまうものなのだろうか。和葉は妙にしおらしく、小声で簡単を洩らしては、恐る恐る慎重に商品を手に取ってみたり、時には人差し指で平次の脇腹を小突いたりしてくる。 「くすぐったいねん」 応える平次も何故か小声だ。 「何かお探しでしょうか?」 と声をかけてきた店員に、「婚約指輪ですか?」などと言われたときには、不自然に大袈裟な反応で慌てて否定した。 こんなトコ、男女で入ってきたら、そら恋人か何かやと思われるよね… 嬉し恥ずかし、ちょっぴり哀しい気分で、密かにため息をつく。 「なぁ…もう出ぇへん?」 表情を曇らせた平次が、うんざりした口調で囁いてきた。 「オレはやっぱり、こういう場所は性に合わんわ。居心地悪い」 …工藤やったら、平気な顔であのねーちゃんに指輪のひとつも買うてやるんやろうけどな。 心の内で呟いて、今はちっこいから無理か、などと一人勝手にツッコミを入れる。 「…ウン、分かった」 やっぱり…カップルだと誤解されたことが嫌やったんやろか… 促されてシュンとしながら扉に向かう途中、和葉の目はひとつのアクセサリーに吸い寄せられた。 金色の土台に、深みのある澄んだ色合いの緑が煌めく、小振りのチェーンネックレス。大きくも小さくもないその石は、派手すぎない割にきちんと存在感を主張していて、光の加減でエメラルド色にもオリーブ色にも輝いて見えた。 「アレ、可愛ええなぁ…」 「あん?」 結局。また立ち止まってしまった和葉に、平次は苦い顔をする。 「ねぇ、平次。今度、約束破ったら…コレ買うてもらうからな」 「ハァ!?」 突然、思い付いたように目を輝かせた和葉の提案に、平次の眉根は更に深まった。 「ええやん!たったの5万やて」 「たったのって、お前の金銭感覚おかしいんとちゃうか!?」 タコ焼きナンボ買えると思うねん、とブツクサ言う平次に、和葉は畳み掛ける。 「あっこにあるやつなんか、300万やで?ええやん!それに、アタシがいつも平次にすっぽかされる心の痛みに比べたら、安いっちゅーてんねんよ!アタシ、ほんまに悲しいんやで?」 「いや、悪いとは思っとるけど…何でソレ、オレが買うたらなアカンねんッ」 「何でって…それは」 「埋め合わせならナンボでもしたるけど…これはアカンやろ。オレが買うてええもんとちゃう」 言われて、口篭る。 ”彼女でもないクセに”そう言われているような気がして。 「それにやな」 完全に黙ってしまった和葉に、形勢逆転とばかりに平次は追い打ちをかける。 「お前にはまだ必要ないて、こんなもん。もーちょい大人になってからやな」とか。 「その前に色気とか身に付けた方がええんとちゃうか?」とか。 「そんな似合わへんもん付けて歩かれたら、恥ずかしいて一緒におられへんわ」云々。 彼にしてみればいつもの軽口で。…その筈だったのだが。 「…次が、…るから…」 「ん?」 消え入りそうな反論が聞こえて、そっと顔を覗き込む。声が震えている。 「アタシはただ…約束破ってほしないねん…本気で欲しいとか…思うてるんとちゃうし…」 「おい、和…」 「一緒に歩くのが恥ずかしい女で悪かったなァ!どうせ、アンタには釣り合わへんわッ!もう付き合うてもらわんでええからッ、安心しぃやッ!?」 しまった、と思った時には遅かった。 目に涙を溜めて、それでも泣くまいと歯を食いしばって、虚勢を張って。そこまで言い放つと、和葉は一人で走って出て行ってしまった。置いてけぼりの平次は、それこそ漫画のように右腕を宙に伸ばしたまま固まっていて。そんな二人の様子を、店員たちがぽかんと見つめている。 平次は、その視線から逃れるようにそそくさと店を出た。 …痴話喧嘩か何かだと思われたに違いない。 「…なぁ、工藤。お前どう思う?」 電話口でほとほと困り果てた口調で意見を求められて。 何でそういう時、オレに相談してくるんだろうか… 和葉の気持ちが筒抜けな手前、下手なことも言えないし、何よりこの男の自覚のなさにも正直、呆れずにはいられない。ちょっと面倒くさい親友をもったな、と新一は思う。 「買ってやりゃいいんじゃねーのか?それくらい」 「アホ!何でオレが…彼氏でもないのにやな、ンなムズ痒い真似できるかっちゅーねんッ!それに…和葉にオレが光りもんなんか買うてやったなんてツレどもに触れ回られてみぃ?文化祭のイベントで挙式あげさせられるわ!」 どんな学校だよ…と言いかけたが、自分たちも似たような環境に置かれていることに気付いて、少し同情してやった。 「そら工藤やったら…あのねーちゃんに買うてやるやろ?恥ずかしげもなく」 「あぁ…まぁ、な。蘭が喜んでくれるなら、安かろうが高かろうが関係ねーし」 「はぁ〜やっぱり、東京のハイセンスな男はちゃいますな〜」 「…何かムカツク言い方だな」 ハイセンスって…いつの時代の言い回しだよ… 「付き合う前からそんなんやろ?」 「…いや、付き合ってはねーけど…まだ」 「何でや。告ったんちゃうんか?ややこしい奴らやな」 「うっせーな」 ややこしいのはお前らだっつの。 このまま切ってやろうか。心の中で毒づく。 「この姿のままじゃ、付き合うも何もねーよ」 とヤケ気味に言い放つと、「せやな、チューもでけへんもんな」と笑いながらからかわれて、カチンときた。 「ショックだったんじゃねーの?」 「あ?」 「遠山。オメーにプレゼント買ってもらうとかは関係なくて。そういう約束をしてもらえることが嬉しかったんだろ。それなのに恥ずかしいだの何だのってゴチャゴチャ言われて、腹が立ったんだろうよ」 心当たりは山ほどある。自分もかつてはそうだった。 最も大事にしたい人なのに、彼女の前では言い繕ってごまかしてきた。未熟だったから。 幼馴染という口実を盾にしていた。向き合うことから逃げてきたのだ。けれど… 「怒ってくれる内はまだいい方だぜ」 せめて、この男が自分の気持ちにくらいちゃんと気付いていればよいのだが。大きなものを失ってしまう前に。 和葉がどれほどこいつのことを想っているかなんて、傍から見ていたら切ないほど伝わってくるのに。こいつにだけは通じてないんだよな…謎だ。 こいつもいっぺん、ちっこくなってみたらいいのに。 「男になれよ、服部。そんで大人になれ」 「オレら大阪人はなぁ、お前ら東京の奴らみたいにチャラチャラしたことは、よう出来ひんねん」 「あっ、そ。んじゃ、遠山がそのチャラチャラした奴に持ってかれても文句は言えねぇよな」 「ンやと、コラァ!どういう意味じゃボケッ!!」 耳元でがなられて、今度こそ本当に通話を切断した。 充分に発破はかけてやったつもりだから、あとどうするかは彼次第、というところだろう。 健闘を祈る。 …和葉の元気がないと、蘭まで悲しむのだから。 ここ数日。和葉は誰の目から見ても不機嫌だった。 それだけで、周囲にはその原因が思い当ってしまう。…ああ、また喧嘩したんだな、と。 実際、平次との仲が険悪なのは目に見えて分かる。一言も口を聞かないし、目も合わさない。「早く仲直りしなよ」と言う者がいても、「そんなんちゃうし、あいつとは関係あらへんし?」と拗ねたように言うだけで。 こういうとき、悪者にされるのは決まって平次の方だった。 女子からは、事情も知らないのに『最低』、『女の敵』という冷たい目で見られるし、正直言って肩身は狭い。 けれど、話しかけても無視されるし、取り付く島もない。 ―だから。 「和葉!」 帰り道で、追いかける。部活もあったが、サボってきた。 声をかけても一瞬、体を強張らせただけで、歩調を緩めず歩き続ける彼女に追いついて。 「何か用?」 チラリと一瞥をくれたその表情は、やはり険しい。 「一緒に歩いとったら恥ずかしいんやろ?無理せんでええから、もーちょい離れてや」 にべもなく言い捨てる彼女の前方に回り込んで行く手を塞ぐ。 「ちょっと!何なんよ…」 「せやから…スマンかった、和葉」 今までになく真摯で、真面目くさった表情で、まっすぐな口調で言われて、軽く睨みつけながらも平次の顔をそっと見上げた。不意に、腕を掴まれる。 「な…っ」 「ええから聞け!逃げんな」 身じろぎする和葉の、その掴んだ右手を、自らの掌でそっと包み込む。 最初、何をされているのか分からなかったのだが、手の中に冷たいような生温かいような硬質的な感触がして、ゆっくり手を開くと。 見覚えのあるオリーブグリーンの光がそこにあった。 「これ…あのお店にあった…?」 「そうや」 「貰てええの…?」 「欲しい、言うてたやろ?」 「それは…でも、約束破ったら…って」 もしかして、ご機嫌取りのためにホイホイ買ってきたのだろうか。物で釣って、とりあえず解決できればいいとでも思っているのだろうか。そんな簡単なことじゃないのに。この気持ちは。 「こんなん貰たからって、コロコロ態度変えるような現金な女やと思とる訳?」 「ちゃうわ!お前、オレがそれ買うのに、どんだけ悩んだ思てんねん」 「え…」 高額だからとか、お金を出し惜しみしていたとかじゃない。買おうと思えば、買えないこともなかった。けれど、そこにどれだけの意味が生まれてしまうのか、それが怖かった。 ただの幼馴染、と言えばそれだけの間柄。でも、そんな単純な関係じゃない。そんな風に、済ませてしまいたくはない。 だが、恋人と呼ぶには程遠い。とても、そんな勇気はない。お互いに。 こんなものを贈ってやれるような立場にいるのか。この距離をどう測ればいい? だから、迷った。 買ってやるなどと約束してしまえば、そのバランスはおかしくなってしまうのではないか。 必要以上に踏み込むことも、遠ざかることもできない。崩したくもない。 ようやく決断できたのは、そうあっても揺るがない”実例”を目の当たりにしてきたからだろう。そいつから、いらん忠告まで受けて。 「何も言わんと、受け取ってくれや、とりあえず」 「う、うん…」 頷いて、和葉は手の上に視線を落とした。零れる光を見つめて、少しだけ口元が綻ぶ。 「…反省、したんや?」 「ん?」 「今まで、アタシにどれだけヒドイことしてきたか、思い知ったんやろ?」 「いや、そやなくて」 「…?」 「これはな、印や」 「シルシ…?」 「これからはできるだけ、約束守れるようにするわ。ほんでもしゃーないときはしゃーないやろ?せやから一応、決意表明っちゅーか、担保みたいなもんやな」 「…そ、そう」 ところどころ引っ掛かるような気はするが、そこそこ誠意は伝わってきたので、よしとしよう。 「これが担保だとしたら、また約束破ったら責任重いで?」 ケラケラ笑って言う和葉に、ホッとしながらも、平次はまいったなぁ〜という表情をしてみせた。 「次は指輪でも買うてもらおうかな」 「何やて?」 「何でもあらへんッ、冗談や!」 嬉しそうに小走りで先を行く彼女の半歩後ろまで寄って行って。 「隣、並んでええか?」 「へッ…?」 「お前の隣、歩ける男はオレしかおらんで?ホンマは恥ずかしいけど我慢してやるわ」 「さ、さよけ!こっちかてめっちゃ恥ずかしいけど…まぁ、許したるわ」 和葉はもう怒らなかった。本気で言っているのではない、いつもの何でもないやり取りが戻っていた。 「オレの隣、歩ける女はお前しかおらんしな」 「調子ええこと言って」 だから、その言葉の真意だって分かりはしないけれど。 今はこれでいいのだと思う。 「これ、ホンマ綺麗やな…つけるの勿体ないわ」 「せやから、お前にはまだ早い言うたやろ?18金やで」 「へぇ〜!」 小さな表示をまじまじと見て、和葉はすっとんきょうな声を上げた。デザインだけで選んでいたので、そこまでは見えていなかった。 「ほ、ホンマもんや…高い筈やわ」 「お前、安い言うてたやろ…」 「あん中では安く思えたんや!チェーンも石も大きないし…」 「その石も本物やて。真ん中のがペリドット、この二つ付いてるちっこいのがダイヤや。ホレ、保証書も貰たしな」 「ひょえぇ…こんなん、アタシが持っててええんかなぁ…?いや、アカン!平次、これやっぱ受け取られへんッ」 「アホ!返すなッ!オレの一大決心を踏みにじる気か!」 「せやって…これは重過ぎやわ…」 「重いとか言うくらいなら強請るなッ!!何やねん、この女…」 指輪なんて渡したら、卒倒するんちゃうやろか… END -------------------- あとがき。 タイトルが浮かばなくて悩みました。 ペリドット(橄欖石)の色合いがオリーブ色だとのことなんで、「オリーブの首飾り」(手品のときの定番の曲)とかシャレでどうかなって思いましたが、それもちょっとどうかなっていう気がして。 宝石とかジュエリーとか詳しくないので、値段とか分からんですが。最初トパーズにしようかな、と思って調べたら、トパーズはシェリーカラーと呼ばれる色合いだそうで、灰原哀ちゃんっぽい感じだったので…誕生日も11月っぽいイメージだし(そう?)ペリドットが8月の誕生石で色もきれいだし、石言葉が「幸福、なぐさめ、和合、友愛」だったのでいいかな、と。 石自体の価格はそんなにしないそうですが、アクセサリーとして5万くらいするのもあるし、18Kだし。今、金相場上がってるし¥ 新一が和葉ちゃんのことをどう呼ぶか…ということなんですが、コナンとしては和葉姉ちゃんって言ってるけど、平次との会話ではそれはないよね、って思って。和葉ちゃんなんて下の名前で呼んだら平次に睨まれそうだし(笑) 本人に対しては、新一としてはあまり面識多くない設定だから、「遠山さん」とか呼ぶ感じかなぁ。 と、思ってましたが、原作では平次に対して『和葉ちゃん』って呼んでました(汗)あらら… 幼馴染に携帯電話を贈るハイセンス(?)な男、新一…正直、どういう感覚!?って思わずにはいられない… |
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