Heavy Starry Chain

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 悪い予感がした。
 第六感と言うのか、虫の知らせと言うのか。
 胸の内にモヤモヤと広がる、ねっとりとした嫌な感覚。

 たかがお守りの紐が突然プツリと切れた、ただそれだけのことで。


 そもそも占いだの迷信だの、あまり深く考えないタチなのだ。
 古くなっていたから、擦り切れたのだろう。
 だから何だというのだ?
 …何が、こんなに気になるのだろうか。


 携帯を手に取り、短縮ダイヤルで呼び出してみる。
 ディスプレイに表示された、お守りの送り主の名前を眺めて眉間に皺を寄せる。

 アホちゃうか。ホンマくだらんわ。何しとんねん、オレは。


 例によって例のごとく、浪花の名探偵として西日本の難事件は任せとけ、とばかりに名推理を発揮して、大阪へと向かう帰路の途中。時刻はすでに日付をまたいでしまっている。
 こんな時間にアイツにかけたところで、一体何を話すつもりだというのか。
 心の中で毒づきながらも、親指は意に反して通話ボタンの上に乗っかったまま。
 一度、気にしてしまったら、放っておくのも何やら気持ちが悪い。
 今頃は眠っているだろう。起きてたとして、電話待ってたとか、可愛げのあることを言う訳でもないし。どうせ煙たがって、不機嫌な声を聞くことになるに決まっている。それでも…

 …ま、出んかったら出んかったでええわ。
 ままよ、と指先に力を込めた。アイツにかけるのに、こんなに緊張するなんて、どうかしている。躊躇しながら耳に当て、呼び出し音を聞くこと数秒間。
 なかなか出ないことに何故だか不安を感じて。いやいや、こんな時間なら無理もない、と妙に焦りだした思考を落ち着けようと軽く息を吐く、と。
「・・・・・はい」
 くぐもった、どこか気だるそうな声が聞こえて、なんだか気が抜けてしまった。
「…お、オレや」
「わかっとる。…で、何やの?今何時やと思てるん…?」
 もたついてはっきりしない口調に安心するやら可笑しくなるやらで、緩む口元を押さえつつ、通じた先の言葉が何も念頭になかったことに気付いて、アレコレ思考を巡らせる。
「あ、あれやその…わかるやろ」
「…何が」
「えーっと、まぁ…元気か?」
「はぁ?何なん、嫌がらせ?てっきりまた事件解決の自慢話でも、くどくど聞かされるんちゃうかと思ったわ」
「あ、せやせや!それがもう仰天するような奇妙奇天烈なトリックでなぁ…」
「悪いけど」
 一瞬、語気を強めて言葉を遮る。
「今度にしてくれへん?明日、朝練で早いねん。ほな、切るで」
「ちょ、ちょお待てや!」
 もう明日やなくて今日やで、という無意味なツッコミはしないでおく。
「だから、…何?」
「そのォ、お守りや」
「お守りがどうかしてん?」
「紐が切れてしもた。長いこと使てたせいかもしれへんなァ…」
「…何ともない?」
「ん?」
「せやから、何か危険なこととか、あったんとちゃうの?」
「いや、今回は楽勝やったわ。ピンピンしとるで」
 少し沈黙して、心配そうな声で訊ねてくるから明るく返してやると。電話越しに柔らかく微笑む顔が見えた気がした。
「むしろ、そっちは?変わったことないやろな」
「…心配、してくれたん?」
「ちゃうわ、ボケ!お前がお守り失くしたら不吉な目に遭うとか散々ぬかしよるから、気になっただけやッ」
「ふーん…そら、おおきに。ほんなら気ィ付けて帰って来るんよ。こっち来たら紐、付け替えたるな」
 ぶっきらぼうな物言いに気分を害された様子もなく、あっけらかんと言って、それが訳もなく心にスーッと沁みて、ようやく肩にとり憑いた重たい空気が霧散していくような、そんな感じがした。電話してみてよかった、とほんのちょっとだけ思った。
「ほなな、おやすみ」
「オゥ」
 何の名残も見せずにあっさりと通話は切られたが、それが逆に晴れ晴れしい心地にさせる。
 そう、大丈夫だ。根拠のない言葉でも、彼女のこととなれば不思議とそう確信がもてる。
 なぜお守りの紐が切れたのか。ただの消耗か、それとも…そこに何か因果めいたものを連想してしまうのは、探偵としての勘というものに確固たる自信を持っているからだろうか。
 今回ばかりは外れてくれて良かったといえるのだが。

 このお守りは、ときどき思い出したように存在を主張する。
 守られたんだか災難を呼んだんだか分からないようなときもあれば、思いも寄らない場面でフッと現れ、忘れてくれるな、と再確認させるのだ。
 そしてその背後にはいつも、送り主の姿をチラつかせながら。

 ああ、そうか。これはアイツの想いを代弁する媒体なのだ。
 本人はそんなつもりでなくても、心の片隅にある揺らぎや祈りが伝わって、時として形となって出現するのかもしれない。
 この鎖は、カケラとなった今でも二人の間を目に見えない何かで繋ぎ合わせてくれているかのようだ。


 女の情念っちゅーんは、怖ろしいもんやで、ホンマ。


 心の中で呟いて、肩を竦める素振りをしながら一人、苦笑する。
 推理にかまけている間は、周りのことなど見えなくなってしまう。そんなとき、少し離れた所で面白くなさそうにしていることがよくあったっけ。
 それにしても、こんなに遠い別々の場所にいて会えないときにまで、思考の全てを占拠しなくたっていいのに。


 アホやな。こんなことせぇへんでも。
 オレがお前を忘れる訳ないやろ?



 説得力ないで、という幻聴すら聞こえてきそうな静かな夜更けに。
 にわかに活気を取り戻したバイクの音が再びこだました。




 END



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あとがき。

よく考えたら怖い話…?でも人の念ってあると思います。
というか、平次が勝手にそう感じたっていうだけです。一人ノロケです。
タイトルはトミー・ヘブンリーの曲から。言葉の響きだけで、歌詞の内容とはあまり関係ない…
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