しっぽのきもち

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 昔、とてもくだらないことで和葉を泣かせてしまったことがある。




「なぁなぁ、和葉!たまには違った髪型にしてみぃひん?」
「え?」

 昼休み。
 突然、友人の一人がひらめいた、といった口調で言った。
「中学ン時からずっと同じやろ?ウチら、和葉のポニテ以外、見たことあらへんねん」
 なぁ、みんな?という呼びかけに、級友たちは皆うんうん、と頷いている。
「そ…そういえば、そやね」
 中学どころか小学校、いや就業前からずっとこの髪型だったような気がする…などと言えばまた色々な角度からいじられるに違いない。和葉はそう思い、黙っておいた。
「可愛ええんやから、もっと挑戦せなアカンよ!絶対、他のも似合うで?」
「ちょっとやったら…ええけど…」
 とは言いつつも乗り気でない和葉にお構いなしに、友人達は「せやせや!」「ウチらに任せんしゃい!」などと口々に言って、彼女の髪を弄繰り回す。
「ツインテールはどうやの?」
「それはちょっと子供っぽすぎひん?」
「おさげとか!」
「昭和か!」
「ラグビー部のマネージャーかッ」
「じゃあ…ここは思い切って、ショートカットに!」
「何でやねんッ!」
「それは大胆すぎるやろッ」
「休み時間にそこまでのイメチェンするやつおったら、怖いわ!」
「ちょ、ちょおッ!切るとかナシやで!?」
「冗談やって」
「ちょこっと見てみたい気もするけどな〜」
 非常に楽しそうなのはいいのだが、何だかおもちゃにされてるようで、ちょっと不安になってきた。今なら、リカちゃん人形の気持ちがよく分かるかもしれない。
「和葉はどんなんにしたいとかないの?」
「ん〜、やっぱひとつの方がしっくりくるねん」
「何でなん?」
「何となくやよ」
「何となくって何やの〜」
 基本的に女の子は髪を触るのが好きなようで、あーだこーだ言いながらも女子特有の盛り上がりを見せていた。当の和葉も例外ではなく。
 その内、一人が和葉にだけ聞こえるような小声で。
「服部もポニーテール以外は見たことないんやろ?可愛ええ髪型にして、びっくりさせてやろうや」
「なっ、何言うてるのんッ!?あの男は関係あらへんて!!」
 過剰な反応にニンマリとして、シーッと指を唇に当てて制する。
「ちゅーか、平次は…」
 慌てて声を潜め、和葉はチラリと彼の席へ視線を送った。

「平次はあんまり、ええ顔せんと思うで」

「…それって…服部のやつ、和葉のポニーテールが好きってこと?」
「ちゃうって!そやから、それは…」
 爆弾投下。むしろ地雷で自爆してしまった和葉は、真っ赤になって否定したが、その様子に恋バナ好きの女子が黙っているはずもない。
「なんや〜そういうことなら早よ言うてくれればよかったんに」
「和葉がポニテ一筋なんは、あの色黒男のためやったんやね〜」
「う…そ、そういうのと、ちゃうねん…」
 確かに、きっかけはそうだったかもしれない。しかし、彼のためというよりは、ただ何となく定着してしまっただけのような気もする。



 幼い頃。
 和葉はこのヘアースタイルが気に入っていた。母の手によって綺麗に結わえてもらい、可愛らしいリボンをつけた自分の姿は、自慢でもあった。
 だが、ある日。
 いきなり後ろから力いっぱい引っ張られ、仰け反り、もう少しで背中から引っくり返るところだった。
「いったぁーい!何すんのん、平次ッ!」
 いつものように幼馴染と遊んでいただけだったのに。理由もなしに髪を掴まれ、よろけそうになったばかりか、せっかく整っていた自慢の髪もグシャグシャ、おまけにリボンも解けてしまい、和葉はその場にしゃがみ込んで、わんわん泣き出してしまった。
「目の前でブラブラしとったら、引っ張りとぉなるんじゃ!!」
 と、いうのが彼の主張。
 その時は子供だったから、泣かせてしまった彼女に対して決まりが悪そうにしながらも、謝罪すらせず。
「ポニーテールってどういう意味か知っとんのか?馬のしっぽっていうんやぞ!頭から馬のしっぽ生やしとるなんて、変やでッ」
 などと余計なことまで言って「平次のアホッ!大嫌い!!」と和葉を更にひどく泣かせ、事態を知った母、静華にこっぴどく叱られたのだった。
 あくる日。
 和葉は母親に、ポニーテールではない髪型をせがんだ。どうしたん?との問いかけに、彼女はぶすっとして、目尻にうっすら涙を溜め、
「コレ、嫌や。平次が変て言うて、引っ張るねん…せっかくお母ちゃんにしてもろたの、台無しになってまうやん」
 ことの顛末を拗ねたように話すと、母はなぜか柔らかく微笑んで。
「そうやねぇ…きっと平次君も、和葉のポニーテールが気に入ったんとちゃうの?」
「ウソや!馬のしっぽや!とか言うておちょくってきよるし、あいつアホや!平次のア〜ホっ!!」
「ふふっ、男の子やねんな。素直に可愛いて言われへんから、思わず手が出てしもたんよ」
 せやから気にせんでええんよ、と、足をジタバタする和葉の髪を優しく梳いて、きちんとひとつにまとめ、トレードマークになった鮮やかな色のリボンを結んでくれた。
 母の言うことはあまり納得できなかったし、そのあとも何度か同じように引っ張られて泣かされることもあったが、その度に母が結び直してくれ、和葉自身も気に入っていたこの髪型を、結局は崩すことはなかった。
 高校生になった今でさえ。

 ―――そんなことをぼんやり思い出している間に、友人達の手によって和葉の頭は勝手に改造されていた。様々な変貌の末、最終的には、上半分をアップにして斜め右の位置におだんご風にまとめる、というところに落ち着いたようだ。
「コレ、意外と似合わへん?」
「あ〜ホンマ、可愛い可愛い!」
「え、何が?」
 不思議な方向に髪が引きつる感覚がして、不意に意識を引き戻され、和葉は友人達の顔を見渡した。
「なー服部!どうや、これ?可愛ええやろ!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと…!」
 大声で呼びかけられて、平次が無言で和葉の方を向いた。が、一瞬で険しい表情になる。
「何や、そのけったいな髪は…誰だか分からんわ」
 そう言うと、呆れたように顔を背けてしまった。
「あの…やっぱりアタシ、元のやつにしとくわ」
「…うん、せやな」
「あのアホに色気攻撃は効かんわ」
「ちゅーかやっぱりあの男、ポニーテールしかアカンのとちゃう?」
「そんなことないって…!」
 かくして、和葉が定番のポニーテールに戻ると、なぜか周りの友人達も「やっぱ、その方がええわ」と、コロッと言うことを変えるのであった。



 いつからか、平次が和葉の髪を引っ張る、ということはなくなっていった。
 小さな頃は同じくらいの目線だった背も伸び、自然と平次が和葉の前を行くということが増えて、何より成長とともにそんな拙い真似はしなくなったのだろう。
 彼の記憶からも、そんなことはすっかり忘れ去られているかもしれない。その頭には、彼にとってのもっと有用なものが詰め込まれてしまっていることだろう。
 時々、和葉はそのことを寂しく思う。
 だから今日の帰り道は、彼より少し先を歩いてみた。
 その後ろ姿を、平次はぼんやりと眺める。
 一歩一歩に合わせて、テンポよく左右に揺れ動く毛先。それを見ていると、彼女の心情が何となく分かったりする。
 どうも元気がないなぁ、とか怒っとるわ、とか何や嬉しいことでもあったんか、という風に。
 笑ったときは楽しげに跳ねるし、機嫌が悪いとピリピリ逆立っているように見えるし、泣いているときはシュンと沈んで垂れ下がる。
 まるで犬みたいだ、と昔から思っていた。それをよく追いかけたものだ。
 和葉がはしゃぐと、しっぽも風になびいてふわふわ漂って、子供だった自分には不思議と興味深く映った。捕まえたくて、手を伸ばして掴んだら、和葉が泣いてしまうことも度々あった。自分は悪いことをしたつもりがないから、何で怒って泣くのかが不可解で。
 ホンマ、ガキやったなぁ…と今にして思う。
 急に懐かしさを感じて、今ではやや低い位置に見える髪の束を幾らかそっと手にした。
 何やらそれだけで気配が伝わったのか、和葉が敏感に反応してパッと振り向く。
「あ…!びっくりしたッ…何?平次」
「相変わらず面白いしっぽやなって思うとっただけや」
 昔話をする気になれずに誤魔化すと、何がおもろいねん、と怪訝そうな顔をした和葉を追い抜いた。あのしっぽを見ていたら、なぜかまた触りたくなるかもしれない。
「ポニーテール見たら引っ張りとぉなるんか、あんたは?あっこにもいてるで、可愛らしい園児の子が。ホレ、行ってきぃや!」
「アホ!見ず知らずのガキの髪引っ張るて、変質者かッ!?誰でもええ訳ちゃうねんぞッ!」
「アハハ、そらそうやね…」
 彼に髪を引っ張られるのは、自分の専売特許だったのだろうか。
 そう考えて、ちょっとだけ頬が赤くなる。

 広い背中。いつの間にか頼もしくなった肩。その姿を見ているとき。
 平次からも、そして自身からも見えない和葉の後ろで。


 しっぽはどこか、照れ臭そうに揺れているのだった。




 END



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あとがき。

NHK「みんなのうた」で「しっぽのきもち」という歌がありまして(何年前の話…)何か和葉ちゃんっぽいな、と思って。
割と好きなんです、この歌…
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