微熱

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「…ほぼ間違いないと思うんやけどなぁ。どうも引っかかんねん」
「ほぉー、そうなん?」
「あれがそうやったとしたら…こうとしか考えられへんし」
「ふんふん、ほんで?」
「せやけど、なーんかスッキリせぇへんわ。どっか見落としてる気ィするで…一体何や?」
「はぁー、へぇー、そうー」

「ちょい和葉!」
 目の前に広げた資料から顔を上げ、勝手に入ってきた人の部屋で、さも自室であるかのように雑誌(彼女が持ち込んだ女性向けのファッション雑誌)を眺めながら同じ腹這いの姿勢で寛ぐ幼馴染をジロリと睨みつける。
「へー、とかほー、とかいらん相槌すなや!集中でけへんやろッ」
 独り言なのだから放っとけ、と視線を戻した平次に、和葉は雑誌をパタンと閉じ、不満そうな声で。
「やって、せっかくの休日やのに…外見てみぃや!あんなにいい天気なんよ?眩しいお天道さんに、めっちゃ爽快な雲ひとつない青空ッ」
「その貴重な休日に何しようとオレの勝手じゃ」
「それは、そうかもしれへんけど…」
 和葉は体を起こして、床との間に抱えていたクッションに座りなおす。
「大体、それやってアンタのやることやないやないの。未解決事件の調査やなんて…誰に頼まれた訳でもないやん」
「アホ!待っとったらアカン、攻めていかへんと。西の名探偵の名が廃るわ」
 そうして、二言目にはうんざりするほど聞かされたあの決まり文句。

「工藤の奴には負けてられへんで」


 ハァ…
 口を開けば、工藤、工藤…どんだけ彼が好きなんだ、この男は。
 以前、彼のことを『東京で平次をたぶらかす悪い女』だと思い込んでいたことがあったが…あながち勘は外れてないのではないか?
 どうやら若き探偵二人は、どちらが多く事件を解決できるか、なんてことで競い合っているらしい。
 工藤君も工藤君やわ。蘭ちゃんがどんだけ、ひたむきな想いで待ってると思てんねん。
 けれど…ときどき東京の二人が羨ましくなるときがある。
 離れていても…離れているからこそ。確かな繋がりのようなものが、信じ合う強さのようなものがちゃんと存在しているように感じるのだ。
 対して自分達は…?と考えると。こんなに近くにいて、一緒の時間を同じ空間で過ごしていても。そんな『確かなもの』は見えてこない気がする。
 幼馴染として接してきて、ある意味では固い信頼と呼べるものはある。しかし恋愛という部分では。信じられることは脆くて、ちょっとしたことで揺らいでしまう。

 今日だって平次をどこかへ連れ出すつもりで、新しく買った服で気合を入れてきた。
 彼に一番に見て欲しくて。
 …けど、ほとんど視界にも入っとらんのやろな…
 淡い色合いのシフォンのトップスに、ふんわりとした白い裾レースのミニ。露出は少なめだが、女の子らしさの度合いを上げてきたつもりなのだけど、事件と言う名の美女には敵わないらしい。
 普段、キャミソールやチューブトップなどを着ていると、「お前、何やそのカッコ。意味もなく肌出して、恥ずかしないんか」と余計なことを言ってくるクセに。…彼氏でもないのに。
 可愛らしい恰好には興味ないんかい。

 ハァ、と二度目の溜め息をついて、再び資料に没頭し始めた平次を見た。
 へーんだ、平次のアホ!
 癪だから、少し邪魔してやれ、と思った。
 静かに立ち上がって、そっと近付いて。勢いつけて背中へダイブ。
「ぐぇッ!お前っ、重いんじゃ!潰れるわッ!」
「ど、こ、が、重いってぇ!?」
 文字通り馬乗りになって脇腹を両手で擽ってやると、「ひょぇッ!」という変な声が聞こえた。
「そ、そこはアカン…言うてッ、やろ!」
「ココは昔っから弱かったなァ、平次?」
 悪戯心に火がついて、ここぞとばかりに逆襲する。
 調子に乗って執拗に続けていたら、さすがに平次も限界に達したのか、力任せに体を反転させた。

「やめぇ言うとるやろッ!」
「きゃ!?」
 彼の背中から転げ落ちてバランスを崩し、尻餅をつく。
「いった…」
 何すんねん!と怒鳴ろうとして。上体を起こした彼の目が不自然に泳いでいるので、どうしたのかと自分を見ると。
「…っ!」
 もともと短いスカートの裾がそれ以上に捲れ上がって、際どいラインまで露になっていた。
 慌てて取り繕って平次の顔を見ると、彼もパッと視線を逸らす。
「…見たやろ」
「何をや」
「…パンツ」
「見てへんわッ!」
 今日は下着も新しいものだからいいけど…ってそういう問題ではない。
「大根みたいな足、晒しおって!何やねん、見苦しい…」
「ちょ、何やのソレ!?」
 こんなエエもん拝ませてもらっといて、何ちゅう言い方するのん!?
 正直、傷ついた。怒りを通り越して悲しくなってしまった。

 どうせ平次は、アタシなんかにムラムラせぇへんのやろな…


「そんなん言うんやったら…もうええ。平次には絶対あげへんもん」
「は?何をくれるて?」
「せやから…っ」
 …って、アタシ何を言おうとしてるんやろ?
 自分の口から出そうになった、あまりにも大胆な言葉に気付いて、自分でも驚いて口を噤む。頭が混乱してしまって次の言葉が出てこない。
 どうしよう…今きっと、おかしな顔してる。彼の方を見れない。怖くなって逃げ出したい気持ちで破裂しそうなのに、体が凍り付いて動けない。
 ほら…平次の奴、困っとるやん。何か、フォローせな。どうせこのニブちんは何も分かっとらんのやから…
「和葉」
 いつの間にか目の前に迫ってくる気配。低く名前を呼ばれても、返事が出来ない。
 ミニスカートでは隠しきれない膝に伝わる、熱。色黒の大きな男の手が、自分の白い肌の上に際立って見えた。

「・・・・・誘ってるんか?」



 いきなり何てことを言うんだ。
 振り向かせたいと思っていたのは事実。けれど、そんなつもりはなかった。
 第一、こんな展開になるなんて。平次は自分のことなんか、口やかましい幼馴染くらいにしか思っていないはずで。そうでなくても女心なんてものに疎くて、事件のことばっかで、恋愛なんて二の次って感じの彼が。
 今、何をしようとしているのかなんて、想像さえ出来ないのに。
「…さ、そって…へんよ…」
 喉がカラカラになって、唇が震えてしまって。「セクハラ!」などと言って笑えればよかったのだが。そう言うのがやっとだった。
 吐息が聞こえる距離にまで入って来られて、心臓が跳ねる。覗き込まれて、否応無しに絡めとられる視線。何より膝が熱くて、灼けそうで…
 平次のこんな顔…見たことあらへん…
 ”事件”に対してはきっと見せている、まっすぐな瞳。それが自分へ向けられているだなんて。
 平次の目、めっちゃキレイ…
 近すぎてピントが合わないのか、目の前が霞む。と同時に、平次の表情まで苦しげに歪んだように感じた。


「・・・・・ンな顔するなや」

「え…」
 ぬるい空気とともに、体温が離れていった。
 自分ではどんな顔をしていたのか自覚していなかったが、気付くと目尻には今にも溢れそうな雫が溜まっていて、恐らくあと一歩で崩れてしまう寸前だったに違いない。
「あ、あれ…?何でやろ、ごめん…平次」
 さっきまでピシャリと冷たかった背すじが内側から熱くなって、もう自由なはずなのに左の膝の表面には、いつまでもジンとした痺れが残っていた。
 両手で頬を覆って俯いていると、溜め息交じりに平次が呟く。
「やっぱ、アカンわ」
 何が…?そう訊くより先に、平次が次を告げる方が早かった。

「アカンねん。”ただの幼馴染”は、こんなことせぇへんやろ」



 ガツンッと頭を殴られたような衝撃。恥ずかしさが体中に広がって。
「あ、アタシ…帰る!」
 小さな荷物を引っ掴んで、逃げるように服部家を後にした。
 家に辿り着くと、そのままベッドに突っ伏していた。
 …ショックだ。平次の言葉もそうだが…何より、自分自身の態度が不甲斐なかった。
 どうしてだろう、怖いと思ってしまうなんて。いつもの、事件を追っかけてキラキラしている少年みたいな彼と違ったから…?幼馴染から急に”男”の顔に変わってしまって、今更ながらそのことを認識して。
 こんなに好きなのに。気付いて欲しいと願っていたのに。いざ、彼の気持ちがこちらへ向けられたら、途端に怯んでしまうなんて。
 でも…彼にとってはやはり、幼馴染でしかないんだ。それならせめて、明日からも幼馴染でいられたら…そう、儚い望みを抱いてみるけれど。
 鼻の奥がツンとして、胸の痛みが治まらない。

 泣き疲れて眠ってしまうまで、瞼の裏に、さっきの彼の顔が焼きついて離れなかった。



 翌日。
 顔を合わせるのが憂鬱で、弁当だけを押し付けると、そのまま走って学校へ行った。
 話しかけられれば、無理して笑顔を作って返すけれど。それ以外の行動は別々。
 クラスメイト達からは、喧嘩でもしたのかと言われるけれど、笑ってごまかして。
 平次は、といえば。そんな和葉の様子に戸惑いを感じつつも、いつもと変わった素振りは見せなかった。時折どこか明後日の方を眺めて、何か考え込んでいるくらいで。
 このままじゃ、今まで通りの幼馴染にすら戻れないかもしれない…そう考えると辛い。
 けれど、あのときの事を言い出せない―――むしろ、言い出さないように黙ったまま一週間が過ぎ。もう、忘れてしまった方がいいのだろうか。

 コレって何だか…失恋、したみたい…

 嫌や、そんなん。本当の気持ちもまだ伝えてへんのに…
 けれど、どうしたらいい?
 答えは見つからない。和葉の心は日に日に沈んでいく。
 だからだろうか。彼女がノロノロと教室を出て行こうとすると、平次が声を掛けてきて久しぶりに一緒に帰ることになった。
 しかし何事もなかったかのように振舞うのは難しくて、二人とも黙ったまま。とうとういつもの分かれ道まで来てしまった。
「…ほなな、平次」
 そう言うと、軽く手を振って背を向ける。
 以前は家まで送って行ってもらったり、平次の家にお邪魔したりすることもあったが、とてもそんな雰囲気ではなくて。
 夕陽を見たら泣いてしまいそうな気がして、少し俯き加減でとぼとぼ歩いていく。
 寂しげに左右に揺れる尻尾を肩越しに見送っていた平次が、突然走ってきてそれを引っ張った。
「な…っ!何やのん、平次…」
 びっくりしたのと痛みとドキドキとで、瞼をパチクリさせた和葉の顔を真剣な顔つきで見つめ、平次が口を開いた。
「幼馴染やったら、アカンねん」
「は?」
「せやから!もう幼馴染とかじゃ、アカンねんてッ」

「…え?」


 真っ暗になった。頭の中、全てが。
 やっぱりアカンかった…?もう幼馴染にも戻れへんて言うのん? 
「…いやや」
「嫌や、って…ほんなら何であんな誘い方すんねんッ!!」
 大きな声を出されて、和葉は肩を竦めた。
「み、耳元でがならんといて…痛い…」
 涙目になって耳を両手で押さえようとしたら、「ええから聞け!」と手首を掴まれる。
「あ、あれからなァ…ずっとおかしいねん、オレ。事件の調査も全然進まへんしやな」
「…そ、それはアタシのせいじゃ…」
「お前のせいじゃ、ドアホ!!」
 それで…?事件の解決に邪魔だから、幼馴染という関係すら解消したいとでも言いたいのだろうか…?
「せやから…」
「や、やめて!嫌やて、聞きたないッ!!」
 耳を塞ぎたくても両手を強い力で繋ぎ止められているため叶わず、首をブンブンと激しく振って拒絶する。ポニーテールがバサバサと乱れて、リボンが解けそうになるのではないかと思えるほどに。
「和葉、聞けって」
「いや、いや!」
「聞け、言うとるやろッ」
「いややッ!絶対いやぁ…!!」

「和葉ッ!!!」

 後頭部をがっちりと押さえ付けられ、彼の胸に引き寄せられる。もう一方の腕が、和葉の背中を抱きすくめ、抵抗する体全てを封じ込めた。


「…人の話は最後まで聞け、って教わらんかったか?」
 和葉は身を強張らせたまま、腕だけをダラリと下げる。観念して静かになった彼女を、それでも平次は放そうとしない。
「他のこと、何も…考えられへんねん。お前のあんな…あんな姿、見せられてやな。しかも背中に乗ってくる奴がおるか?どうかせん方がおかしいで」
「わ、忘れてくれたら…ええやん」
「忘れられるかいッ!今までずっと我慢して、大事に大事にしてきたったんにやな、俺には寄越さんってどういうことやねん!?」
「え、な…何が…」
 我慢?大事に?どういう、こと…?
 平次の言わんとすることが理解できず、和葉は顔を上げた。
 この間よりも近くて、角度も急で、それでも彼の方からも目を合わせようとしてくれる。
「アレ以来、お前のことで頭いっぱいやなんて、アホや思われるやろ?」
「へッ!?」
「せやけど、もうしゃあないわ。このままやったらオレ…いかれてまうで、ホンマに」
「…だ、だから何なんよ?」
 やたらと長い意味不明な前置きに、和葉は不安げに不満げな声を出した。ずっと路上で抱き締められているという状況にも、そろそろ恥ずかしさを思い出す頃である。
 平次がスゥと息を吸い込むのが、上下する彼の胸で分かった。


「好きや、和葉」




「お前が…好きや。もう幼馴染のままじゃおれんて」
「平、次…」
 ウソや!と言いそうになって、声が出せなかった。あっという間に涙が零れて、嗚咽に掻き消された。
「ホン…マ、へ…じっ、ウ…ソちゃ、う…っ?」
 ようやく絞り出した言葉をちゃんと拾って、平次がヤケクソ気味に言う。
「アホ!ここまでさせといて、ウソな訳あるかッ!!好きや、言うたら好きなんやって!」
「う、うぅ…うれ、し…ううう〜っ」
 殆どあ行の三段目しか発音できてない和葉の背中を、宥めるようにさすって。
「ホンマもホンマ、大本気やで。せやから、なァ…和葉」
 しゃくり上げ、真っ赤に腫らした目で平次を見上げる。

「せやから…続き、させてくれや」


「…え?」
 続きって何の?と言いたげな彼女に、驚くくらい優しく微笑んで。
 しかもテレパシーでも伝わったみたいに、「こないだの続きや」と耳元で囁いて、訝しげに思う間もないほど自然な動作で、唇を重ねた。


 始めの1、2秒は、意外と睫毛長いんやなぁ〜なんて思ってしまって。それが3秒4秒5秒と続く内、混乱した頭でも事態が把握できてくる。
 …ちょっ、ちょちょ、ちょっとぉ!?
 まだアタシ、同意も返事も告白もしてへんねんけどォ…ッ!!?
 ファーストキス…それも彼との初めてのキスだというのに、たっぷり10秒は奪われて、解放されたあともその感触がなかなか消えなかった。

「OK、やな?」
 呆然としている和葉に、意地悪く笑う。
 じ、事後承諾やんかッ!!
 それに…”続き”って、一体に何をどこからどこまで…!?
 みるみる内に顔を赤く染めて、和葉は平次から逃れようともがいた。その様子に、彼の腕の力が緩む。
「あ、アタシかて…好きやよ?平次のこと。ずっとずっと好きやってん…せやのに平次、全ッ然気付いてくれへんしッ」
「人の心がそう簡単に分かったら、苦労せぇへんわ!お前こそ、分かってへんかったやろ。あんな風に、オレを挑発しおって…」
「分かる訳ないやんッ!いっつもいっつも振り回してばっかで…もうホンマに、何やの…平次のアホッ」
「アホ言うなボケ」
「アホやんか!いきなり、ちゅーなんかして…勝手すぎるわ」
 平次の腕から抜け出すと、セーラー服のリボンタイを握り締めながら、そろそろと後ろに退いて言い放つ。
「やっぱ、アカン!アンタみたいなアホにはあげへん!」
「は!?」
「勿体ないから、まだあげへんもんッ!!」
 そう宣言すると、脱兎のごとく走り去っていった。

 急にそんな気になられても、困る。
 ファーストキスだって、何の心構えもする余裕もないまま奪われてしまった。
 このまま、彼の思惑通りになんてさせてたまるものか。
 乙女の唇を奪った罪は、計り知れないほど重いのだ。

 そんなに軽々しく捧げられるほど、安い女ちゃうねんでッ!?


「何じゃそりゃあ…?」
 スカートを翻して駆けていった後ろ姿を呆然と見送りながら、平次は間抜け面でぽつりと呟き、しばらくその場に立ち尽くしていた。



 END



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あとがき。

背中に乗っちゃって戯れる和葉ちゃんが書きたかったのですが、平次がエロい方向に暴走して着地点を見失いました。
ちなみに平次が見とれていたのは、パンツじゃなくて太腿…(オイ)何かもう平和は、行くときはとことん行く気がする。
変な終わり方したけど、多分続きはない…(汗)
『セーラー服を脱がさないで』というタイトルにしようかと思ったりしてやめました。←賢明

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