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プラネタリウム ---------------------------------- この時期になると、いつも思い出す光景がある。 それは――― 満天の星空と、それに負けないくらいに輝いていた、君の笑顔―――― 夏が終わると、どこか晴れ晴れとした淋しさを覚えるのは、なぜだろう。 あの騒がしさが薄れていって、陽が落ちるのが早くなるせいなのだろうか。 その静けさの中に月や星がひっそりと顔を出して、煌めく空を見上げると、訳もなく泣きたくなる。 過ぎていった日々だけが、輝かしいものじゃないのに… 「星を見に行きたいな」 何気なく、そう漏らした一言に、不思議な懐かしさがよみがえった。 …何年か前にも、そんなこと言ってたっけ。 探偵事務所の窓からでも星は見えるけれど。ビルに縁取られた夜空は、あの頃見てたものとは少し違っているようで。 「ここにいたの?コナン君」 窓枠に手をかけてぼんやりしている後ろ姿を見つけて、声をかけると、まるで悪戯を咎められた子供のような顔で(子供なのだけれど)エヘヘと笑って、振り返った。 「もう夏休みも終わったんだから、早く寝ないとダメでしょ」 「ハーイ、ごめんなさい」 言いながらも蘭は窓際に近付いて、コナンの横に並び、その視線の先を見上げる。 「ねぇ、コナン君。あそこの明るい星、なんていうか知ってる?」 「知ってるよ。はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイル。夏の大三角形でしょ?」 「そうよ、物知りなのね」 得意そうな少年の顔に、少し大人びた、それでも今より幼かった頃の誰かの顔が重なった。 「わたしも知ってるのよ。昔よく新一に教えてもらったから」 だけど…今は何だか、そのころ見えていた星もよく見えない気がする。 「屋上へ行ってみない?ここよりもよく見えるから」 早く寝なさい、と言っておいて何だけど…と蘭は無邪気な笑顔でコナンを見た。 あの頃の―――幼かった面影が、不意に浮かんだ。 「中学の頃かな。新一と、よく公園の丘まで行ってね、星を見上げたの。新一って、あの頃から何でも知ってて、自慢げに披露するのよ。だからわたしも、覚えちゃったって訳」 「へぇ〜…」 それは覚えている。 けれど、星を見たいと言い出したのはそっちの方じゃなかったか? そう、訊きたかったのだが、この姿では言い出すこともできず、コナンは適当に相槌を打って、蘭の話を聞いていた。 「それでね。一度だけ、帰るのが朝になっちゃったことがあって…べ、別に何かあったんじゃないのよ!?ただ、空を見てただけなんだけどね。でも当然、お父さんったらカンッカンに怒っちゃって。新一を正座させて何時間も説教したのよ…わたしも叱られたんだけどね」 今となっては、いい思い出なのだろう。時折、吹き出しては面白そうに話すのを聞いて、コナンは苦笑した。 あー、そんなこともあったな… 当時。自分たちは悪いことをした、だなんて思っていなかった。 まだ子供だが、成長途中の男女が二人だけで夜を明かす…なんてことが正常ではないという認識はもちろんあったが。 本当に、何もなかった。 ただ、二人で星を見て。 手を触れることもなく。 ただそれだけ――だったのだから。 「でも…そのあとも新一、懲りずにわたしを連れ出してくれて…嬉しかったな」 ドキリ、として横を見上げる。 夜風に踊らせた髪が、月の滴を転がして、光が滑り落ちていくかのようで。 「…綺麗、だ」 「え?」 「あ、ウウン!キレイだね、星」 子供の演技を忘れるところだった。 「きれいね」 そう、仰いだ笑顔が寂しそうに見える。 「…もしかして、好きだったのかな」 「…え」 「あの頃から、好きだったのかもしれない…新一のこと。ずっと気付いてなかったけど…」 幼馴染として、ほのかに抱いていた親愛と友情の正体は、未熟な初恋だったのかもしれない。 今となっては、新一を想う気持ちに変わりはなくて。ずっと同じだったものを、育ててきたのだろう、きっと。 「新一は…どうだったのかな」 なんて、独り言のように言われて。 そういえば、言ったことはなかった。いつから好きだ、なんて。それこそ自分だって、いつからなんて分からない。 気が付けば…もしかしたら初めて会った時から、心は惹きつけられていたのかもしれない。 ひと晩中、一緒に星を眺めていたいと思える奴なんて、彼女以外にいなかった… 「ごめんね、変な思い出語っちゃって。…何だか、コナン君には色々と聞いて欲しくなっちゃうのかな。…もう降りよっか」 「うん」 変な、は余計だけどな。 共有している記憶を、例え聞くことしかできなくても。彼女の口から伝えられるだけで、胸が温かくなる。 「新一兄ちゃんも今頃…空見上げて同じこと思い出してると思うよ」 「え?あはは…ありがと」 この子ってフォローの天才だわ、と蘭は声に出さずに呟いた。 部屋に戻ると。 メールが一通、届いていた。 「新一からだ…」 噂をすれば何とやら、というのか。何だかすごくタイミングが良すぎるような気もするが。 服部平次に初めて出会ったとき、いつもどこかで見張っているに違いないと言われたことがあったけれど。 それはないでしょ。ストーカーじゃないんだから… メールの内容だって、ほらね。 何のことはない、前に送ったメールに対する返信と、近況について。それからさりげない季節の話題くらい。星のことなんて、一言も触れられていない。 コナンは、今頃思い出してるよ、なんて言っていたけれど、実際にそこまでシンクロしていたりしたら逆に怖い。超能力か何かじゃないのかと思う。 蘭は、すぐにメールを打ち返した。 『今、コナン君と星を見ていたの。 そうしたらね… あのときの新一の、憎たらしいけど 変わらない笑顔を思い出したんだ』 送信して。 これでよし、っとなんて思っていたら。 案外速く返事が返ってきた。 と思ったら、メールではなく電話の着信で。 蘭は慌てて通話ボタンを押した。 「は、ハイ!?」 『なに驚いてんだよ。声、裏返ってるぞ』 「だ、だって…急にかけてくるから」 『憎たらしいってのが気になってな。オメーの憎たらしい声も聴いてやろうと思って』 「何よ、その言い方…べーっだ!」 期待に応えて憎たらしく返してやると、電話越しにクククッと笑う声がした。 『で、あのときって?二人で天体観測に行った時のことか?』 「そんないいものじゃなかったでしょ。望遠鏡があったわけでもないし」 『さすがにアレ持ち出すと、父さんたちに見つかるかと思ってな』 そこまで本格的に見たかった訳じゃないからいいけどさ、と言って。 本当は、二人でいられることが楽しかっただけなのかもしれないし、なんて。心の中だけで思ってみたりして。 『今、さ。そっから星…見えっか?』 「え?んー…何とか」 『何が見える?』 「んーと…秋の四辺形ってやつかな?ほら、ペガスス座の一部にもなってるんでしょ?」 『よっく覚えてるじゃねーか』 「そりゃ、あれだけウンチク聞かされたらね。新一、お父さんに大目玉喰らったじゃない。帰るのが遅すぎて。明け方に、家まで送ってきてくれたところを見つかって、昼まで散々、こっぴどく叱られたでしょう?」 またその話か… 小五郎のイビキが入り込まないよう、再び屋上に上がっていたコナンは、ツッコみそうになるのを抑えて、言った。 『ま、確かに将来のことを考えたら…正直げんなりしたけどな』 「将来…って??」 『や、何でもね。それより、あんとき帰りが遅れたのは、オメーが途中で寝ちまって、起きるまで待っててやったからだろうが』 「え、そうだったっけ!?」 叱られたことの方が強烈に刷り込まれていたせいか、そこだけはスポーンと抜けて、頭に残ってなかったようだ。 『ったく、寝るかー?年頃の男の前でよ…』 「だって、まだ中学生だったんだから!そんなにずっと起きてられないわよ」 『今だってどこでも寝られるじゃねーか』 「そんなことないッ!」 新一だって、あのときはまだ子供だったじゃない、と言うと。 色々とヤベー時期だったんだよ、と意味深発言。 ホームズにしか興味なかったクセに… けれど、そこで見守っていてくれていたのも、彼の優しさなんだろう。 「ね、新一も今…星見てるの?」 『ああ…蘭と同じ方角を見てる』 「そっかー…いつかまた、一緒に見れるといいね」 『おぅ、必ず、な』 「思い出話もしようね」 『…ほとんど食い違ってるだろうけどな』 「もーっ、いいの!見てきたものは同じなんだから」 『そうだな。これからもきっと…同じものを見ていくんだろうし』 「・・・・・っ」 あれ? 切れたのかな?と一瞬思ったくらい。 すこしのあいだ、向こうが沈黙した。 「オーイ、オーイ?蘭…?」 『……今の、って』 「ん?」 『プロポーズ…?じゃない、わ、よね…』 「ばっ…」 いきなり、何てこと言い出すんだ。 「バーロ!そんときは…もっとちゃんと言ってやるよッ!!」 って、あ、何か今オレ…すんげー恥ずかしいこと口走ったような… 『そっ…そっか、あはは!そうなんだ!!じゃ、っじゃーねっ、おやすみッ!!』 ブチッと。 こちらの返事も聞かずに今度こそ通話を切られて、コナンはしばらく憮然と携帯電話を眺めた。 …幸いにも。 向こうもパニクっていて、ちゃんと聞いてなかったみたいだった。 胸を撫で下ろしていいやら、いや、ここは悔しがるところなのか…? 夏の夜の風は、ほんの少しだけ秋の温度を運び込もうとしていた。 END -------------------- あとがき。 プラネタリウムでこんな話になるとは…どうも私の中で、新一はやんちゃ坊主っていうイメージが強いのかな? 探偵事務所の屋上から見える星座と、蘭の部屋から見える星座の方角が合っているかどうか謎ですが… 屋上、あったよね…? |
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