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HEART ---------------------------------- その日も、せっかく二人で出かけるというのに、和葉はちょっとしたことで機嫌を損ねていて、それに対する平次もどこかイライラしていて、互いに距離をとって歩いていた。 いつもと違うのは、彼女の服装。 今夜は花火大会だった。 平次の母、静華に浴衣を着付けてもらってお披露目したところ、例によって例のごとく気の利いた一言もなく「さっさと行くで」と急かされた。 そんなことでいちいち腹を立てていても仕方がないので(よくあることだし)不満顔でついていくものの。歩きにくいために、普段通りにツカツカ行ってしまう平次に遅れをとってしまう。 少しは気遣ってくれるかと思えば、投げかけられた言葉は「そんなん着てくるからやろ」というものだったりして。 こんなときにまで喧嘩したくない、と押し黙っていた和葉も、この一言には我慢できず。 「ほんなら先行ってええで!」 と、売り言葉に買い言葉。 誰のために可愛い柄選んで、誰のために綺麗に着飾って、誰のためにやってると思ってんねん。アンタに見せたいからやろ、とは死んでも言えず。 「平次なんかといるより、一人で来た方がよかったわッ」 …と啖呵を切って以来、二人とも一切口を聞いていないのだ。 無言で徐々に遠ざかる彼の姿を、どうにか見失わないように追いかける。 さっきはああ言ったものの、実際にはぐれたら、この大勢の見物客の中で探すのは困難だろう。 そうしたら…今日はきっと、花火を並んで眺めることは出来ないかもしれない。 そんなん嫌や… 本当は、一人でなんか見たくない。彼と一緒に見たい、それが本音。 すれ違うのも大変な混雑の中を、肩がぶつかり、足を踏まれそうになり、その度につんのめりそうになりながらも必死で。 けれど、それも空しく。いつの間にか平次は視界から消え、いなくなってしまっていた。 「はぁ…あ〜あ」 急に足の痛みに気付いたように、和葉は少し空いた道の端に腰を降ろした。ここからでは、花火すらも見えそうにない。始まるまでにはまだ時間があるが、もうそんな気も失せてしまった。 一人で見てもしゃあないし…どうせ。 それは、何だか意味のないことのように思えた。 ふて腐れて、両足を前に投げ出してうな垂れていると。 「ケツ汚れんで」 聞き慣れた呆れた口調が降って来て、顔を上げる。 やっぱりというか予想通りというか、そこには眉を顰め、怒ったような平次が立っていた。 「何やってんねん。お前が花火見たい言うから、来てやってんねんぞ」 高圧的な言い草に、戻ってきてくれたことを喜んでいいのか分からなくなって結局、 「嫌なら無理して付き合うてくれんでもええねんで」 と、嫌味を言ってしまう。 「アホ。お前一人やったら不安やからやろ。オカンにも言われとるし」 今だってこんなとこへたり込んで…とぶつぶつ言われ、それやったら最初っからもっと気ぃ遣てや!と思う。 「もう始まってまうやん、早よ行くで」 再び、彼は背を向けて歩き出す。 ついていかなかったら、またどやされるだろう。仕方なく、和葉は腰を上げた。 さっきと同じで、まだ二人の間は離れていて、それでもさっきと違うのは。平次が歩調を緩めて和葉が追いつけるよう、配慮してくれてることだろうか。 その背中が人ごみを掻き分け、道を作ってリードしてくれる。 相変わらず、こちらを振り返ろうとはしないけれど。何だかとても頼もしく思えて、妙に安心してしまう。 ようやく、絶好のポイントに辿り着いて、立ち止まった平次の後ろにそっと近付く。 横に並ぼうか迷って、視線を落とした先に。不自然に動く彼の左手があった。 グー、パー、グー、パーを繰り返して、ときどき何かを掻き出す仕草。いや、もしやこれは… 『来い来い』という合図…? 全く自分を見ないのに。手だけが勝手に催促しているかのよう… 少しだけ可愛らしくて、面白くて、ぷっと小さく笑って、その手を両手で掴む。 「スマンかった」 そう呟く声は優しかった。 和葉は、平次の左肩にコツンとおでこをくっつける。 「…大好き」 多分、聞こえていないと思う。それくらい、とてもとても小さく消えそうな声で囁いたのだから。 「下向いとったら花火、見えへんで」 「うん、そやね」 言われて上を向くと、さっきまで空を見上げていた彼の顔が、自分をじっと見つめていた。 急に繋いでいた手をグッと引かれてバランスを崩し、彼の体に凭れ掛かるような恰好になって、やけに顔が近くて、そのまま。 キス、された。 その瞬間。 ドォンッと派手な音がして、空が明るく光るのを、彼の影越しに見た。 せっかく間に合ったのに、打ち上げ第一発は目にすることが出来なかった。 「こんな人前で…しかもこのタイミングで、何すんのん…アンタは」 「どうせ他の奴ら、空しか見てへんのやからええやろ」 …それ、狙いやったんか? 恥ずかしさよりもドキドキよりもびっくりしたというよりも、とにかく嬉しくて。 花火に視線を戻した平次の顔ばかりを眺めていた。 「綺麗やな」 「うん…キレイ…」 鮮やかな色に照らされるその横顔が、本当に。 目に灼きついて… 今でもはっきりと思い出せるくらいに。 今年も、その花火を一緒に見に行く約束をしていた。 けれど… 数時間前、入ったキャンセルの連絡。 『スマン。今夜は帰ってこられそうにないわ』 今日だけは…特別なのに。どうしても、一緒に見たかったのに。 去年、二人して見逃した、あの最初の打ち上げ花火… だから、無性に腹が立って。 「平次なん、知らん…顔も見たない」 そう言って電話を切ってしまった。 ホンマは、めっちゃ会いたい。…花火よりも平次に、会いたいねん… そう、素直に言えたら。会いたいって泣きついてしまえたら… 彼の目には可愛く映るだろうか。 けれど、多分きっと困らせるだけだ。 戸惑わせるくらいなら、可愛げがなくたっていい。いつもみたいに憎まれ口のひとつでも叩いてやった方が、吹っ切れて捜査に打ち込めるだろう。 しばらくして、メールが届いた。 『来年は絶対に行こうな』って、それだけ。 ”絶対”なんて約束、守られへんクセに… それでも、和葉には分かってしまっている。 あの、花火よりもキラキラした自慢げな得意満面の笑顔で帰って来られたら。 きっと何もかも許してしまうんだろうな、…と。 END -------------------- あとがき。 付き合ってる設定なのか、いったいいつの話なのか、曖昧なままの方がいいかな…と。 |
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