ユメクイ

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「ただいま…」
 その日、夕暮れを過ぎて空も闇に覆われかけた頃ようやく帰って来たコナンは、さすがにバツの悪そうな表情をしていた。
「おかえり、コナン君」
 出迎えた蘭の声に、ビクリと肩を震わせる。
「もう、何時だと思ってるの?心配するじゃない!遅くなるんだったら連絡してね、って言ったでしょ」
「ご、ごめんなさい…蘭姉ちゃん」

 あーあ、やっぱり怒ってら…

 小学一年生の子供相手なのでそれほどの剣幕ではないし、そもそも本来は彼女と同じ高校二年生の自分は、怒られることが怖いという訳ではない。
 ただ…高校生の自分だろうと小学生の自分だろうと、彼女を心配させてしまうことに関しては、やはり申し訳ない気持ちが強い。

 午前中に授業が終わって、給食を食べて、そのまま下校すれば1時過ぎには毛利宅に着くだろう。しかし、少年探偵団としての活動(普段は殺人事件などではなく、行方不明のペットの捜索やちょっとした悩み解決、お役立ち行為など)や作戦会議(といっても、昨日観たテレビやスポーツの話題などで終わってしまうことがほとんどである)などで集まったり、そのままみんなで遊びに行ってしまったりして、まっすぐ帰宅しないことも多い。彼が呼び込むのか吸い寄せられるのか、本当の事件に巻き込まれることも、ある。
 今日もそんな流れで、ついつい時間を忘れてしまっていた。

「早く手洗って、ご飯にしようね」
「あ…うん」
 横をすり抜けて洗面所に向かおうとするコナンの様子を眺めていた蘭が、急に「ちょっと待って!」と引き止める。
「足、擦り剥いてるじゃないの」
「え?あ、本当だ」
 中身は高校生であっても、元来の負けず嫌いと向こう見ずな性格のせいか、しょっちゅうどこかに傷を作っている。まぁ、体が小さくなる前からそんな感じではあったが。
「大丈夫だよ、全然痛くないし」
「ダメダメ、バイ菌が入ったら大変だからね」
 完全に子供扱いで(当たり前なのだが)蘭が持ってきたのは、常備してある救急箱。
「あ、あのボク…自分でできるから」
「いいから座ってて」
 世話好きの彼女はコナンを椅子に座らせ、傷口に消毒液を吹きかけてから、仕上げに、と小さな絆創膏をペタリと貼り付けて「これでよし」と、にっこりと笑う。
「こんな所まで新一に似なくていいのに…無茶ばっかりして」
 なんて寂しげに呟いて、その笑顔が泣きそうに見えて、コナンは思わず、『サンキュー、蘭』と新一の言葉で話しかけそうになって、焦った。
「ありがとう」と言って、ふと手当てされた箇所を見ると、やたらと派手な目立つ色合いに、ハハと苦笑い。
 何だ、コレ…仮面ヤイバーって…
 恐らく自分のために買ってくれてあったのだろう。
 気持ちは有り難いが、ちょっとばかし恥ずかしいな…そう思って。

 前にも、こんなこと…あったっけな…?


 オレが小せぇ頃…いや、今の体よりは大きかったか。
 やはりよく怪我をしていた記憶がある。そのせいか、それとも用意がいいだけなのか、蘭はそんな新一に、今のように絆創膏を貼ってくれたものだった。
 女の子らしいピンクのものや、花柄、得体の知れないカエルのキャラクターなどなど…正直、勘弁してくれ、と言いたくなるようなデザインで困惑したものだが、結局。周りに冷やかされながらも、そのままにしていたことを思い出す。

 ハハ、何かオレたちって変わってねぇなァ…昔っから。


 今。小さくなって、あの頃の再現でもしているかのよう。




 人生をやり直せたら…そんな声をよく聞く。
 けれどもし、今一度、過去をやり直せるとしても。
 はっきり言って。そんなことは願い下げだ、と新一は思う。
 後悔しないことなんてなかったし、あの時ああしていたら…と振り返ることもある。
 現に今この状態こそが、最大級に悔やまれる結果でもあるし。
 けれど。それまでの自分を無視して、新しく作り変えた過去なんて。そんな記憶なんて、果たして自分と言えるのだろうか。
 それはきっと、全くの別人で。ここにいる『江戸川コナン』のようなものなのではないか…?
 そしてそれは。自分の人生の中にいる彼女の存在までもを否定するような気がして。
 うまくいかないこともあったろう、情けなくて、悔しくて、忘れてしまいたくなることも。
 それでも、その記憶を失くしてしまったら、今の自分は自分では在り得ない。
 苦しいこと、辛いこと、惨めなこと、かっこ悪いこと、楽しいこと、嬉しいこと、喜びも哀しみも、失敗、成功、その全てが自分を形作っていて。そんな自分のそばには、いつも彼女がいた。
 同じように泣いて、笑って、怒って。色々なことを、同じ思いも共有してきた、かけがえのない大事なただひとりの、人。
 挫けそうになる度、夢が壊れそうになる度。どれだけ支えになってきてくれたことか。
 そのときに感じてきた、煌めくような想い、ときめき、胸を刺すような痛みも。これほど愛しくて、大切な気持ちも。
 忘れてしまっていいはずがない。

 『コナン』には、彼女と一緒に育ってきた過去がない。彼女と築き上げてきた膨大な時間の想い出がない。彼女と寄り添って歩んできた過程で芽生えた、柔らかな温もりも熱い感情も。『コナン』という人格の中には存在しないはずのもの。
 この姿のまま…『江戸川コナン』として人生をやり直すだなんて、まっぴらごめんだね。

 今、等身大の自分で、彼女と生きたいんだ。
 ちゃんとした自分の道を、生きていたいんだ。
 君と一緒に、生きていきたいんだ。

 後悔だって、この先いくつするか分からないし、過去ばかり修正したって意味がない。
 ただ、後悔したくないのは今なんだ。
 完璧な未来なんて欲しくない。それなら…矛盾だらけでも、君と過ごす未来がいい。
 それしか、見えない。…見たく、ない。
 彼女がいない未来など…何て救いようのない地獄なんだろう。


「コナン君、手伝ってくれる?」
 台所から呼ぶ声が聞こえて、パッと顔を上げる。
「あっ、は〜い!」
 蘭、オレ…頑張るから。
 この長い暗闇で見た悪夢を現実にしたりなんてしない。

 『コナン』として一緒に過ごしたことも、いつかは過去の苦い思い出となって笑える日が来る…多分、ではなくて絶対に。そのとき隣にはきっと君がいて…笑っていて欲しい。

 この姿になって、『工藤新一』のときには見過ごしていた大事なものに気付くことができた。
 遠回りでも必要な道のりで、これも自分の人生の一部。だから恨んだりはしない。
 少しばかり寄り道はしても、必ず戻ってくるから。

 君の元へ。本物の、一回り大きくなった自分で。



 君といる未来のために。



 END



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あとがき。

後半、完全にぽえーむ…新一主体が書きやすいっていうより、ポエマーなんだよ、自分。
絆創膏ネタ書くんなら劇場版をチェックしてからにしろよ、と言われそう…(そこまで絡めるの難しいな)
コナンの描き方がが分かんないな…毎日何して過ごしてるのかね?小学一年生を預かってる身としては、あんまり遅く帰ってきたりしたら不安だよな。ときどき蘭の方が先に家に帰ってたりするんだけど、部活とかないのか?テスト週間?
何かでも、コナンと灰原哀ちゃんは年をとらない、というか成長できないんじゃないだろうか…元の年齢の体に戻っても、すぐまた幼児化しちゃうってことは、例の薬の効力がまだ消えずに作用してるってことか…あるいは、そういう体質になっちゃったか…ということじゃないのかな?若返り&不老不死の薬…人魚の事件を思い出しますね(志保の名前があったし)
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